第34話 とある少女の祈りと魔族のネックレス
私には変わった友人がいます。
それは魔族の友達です。
私と彼が出会ったのは、
もう五年も前になります。
不用意に森に入り、
迷っていた私を、
魔族の彼が村まで案内してくれたのです。
「君はボクを怖がらないんだね。
人間はボクを見るといつも悲鳴を上げるか、
足元にある石を投げつけてくるのに」
村まで戻る途中、魔族の彼はそう言って、
可笑しそうに私に微笑みかけました。
正直、それまで私は魔族が恐ろしいと思っていました。
ですがこの時は、迷子になった不安のほうが勝り
彼を怖がる余裕がないだけでした。
ですが、魔族の彼に微笑みかけられて、
迷子の不安も、魔族に対する恐怖も
綺麗に吹き飛んでしまったことを覚えています。
「ここまでくれば、村まですぐだよ。
ボクが村に近づけば、人間を怖がらせてしまうから
ここで別れることにするね」
魔族の彼はそう言うと、
踵を返そうとしました。
私はその彼の腕を咄嗟に掴み、
魔族の彼にこう言いました。
「ねえ、私とお友達になりましょう?」
こうして、私と魔族の彼は友達になりました。
私は両親や他の友達に、魔族の彼を
紹介したいと考えていました。
ですがそれを提案する私に、
彼は申し訳なさそうに笑い、こう言います。
「ごめんね。ボクは村に近づくことはできない。
人間を不用意に怖がらせてしまうのは嫌なんだ」
だから、私と魔族の彼はいつも、
村からほど近い森の中でひっそりと会っていました。
魔族の彼は賢くユーモアがあり、
話がとても面白いので、
私はつい時間を忘れて長居してしまいます。
ですが、日が落ちる前には、
魔族の彼のほうから私に村に戻るよう
やんわりと伝えてきてくれます。
魔族の彼のその優しさが
私にはとてもうれしく・・・
ですがほんの少しだけ寂しい気もしました。
彼も時間を忘れるほどに
私と一緒にいる時間が、
楽しいものであればいいのに。
そう願うことが多くなりました。
ですが魔族の彼と出会い五年が経ち・・・
つい先日、魔族の彼と私が一緒にいるところを
村の人間に見られてしまいました。
憤慨した村の人間は足元の石をひろい、
魔族の彼に投げつけました。
魔族の彼はきっと石を避けることが
できたでしょう。ですが、
彼は私を守るために、敢えて
石をその体に受けました。
石は何度も投げつけられました。
私は泣きながら、石を投げないよう
懇願しました。
そして魔族の彼が膝をついたところで
村の人達は逃げて行きました。
私は魔族の彼に寄り添いました。
魔族の彼は頭から血を流していました。
とても痛そうですが、
魔族の彼は私にニコリと笑い掛けてくれました。
「大丈夫。石を投げられるのはいつものことさ。
だけど、もうここで会うのはやめたほうがいいね。
君が村の人達から変な目で見られてしまうよ」
魔族の彼の言葉に、私は首を振りました。
ですが魔族の彼の意志は固いようでした。
私は涙を流しながら、
魔族の彼にあるものを手渡しました。
「これは……ネックレスかい?」
眉を曲げる魔族の彼に、私は説明しました。
これは祈りのネックレス。
身に着けることであらゆる傷をいやし、
災難を退けてくれるお守りだと。
それを聞いて、魔族の彼は目を丸くしました。
「そんな貴重なもの受け取れないよ。
君が持っていなさい」
魔族の彼がネックレスを返そうとします。
しかし私は首を振り、それを受け取りませんでした。
魔族の彼が傷を受けたのは、私の所為です。
せめてそのぐらいのお礼がしたかったのです。
頑なな私に、魔族の彼もついに折れました。
「……分かった。ありがとう。大切にするよ」
ニコリと笑う魔族の彼に、
私も涙を流しながら笑顔になりました。
それからしばらくして……
私の村は複数の魔族に襲われてしまいました。
私は命からがら村から逃げ出し、
他の村の人たちと一緒に、
森の中に隠れていました。
「これは前に森の中で見た
魔族の仲間に違いねえ。
奴が俺たちに復讐しにきたんだ」
そう憤慨する村人に、
私は必死に首を振りました。
彼がそんなことをするはずがないと。
ですが、彼と別れてからすぐの
出来事です。疑われても仕方ありませんでした。
私は魔族の彼の無実を晴らすことができず、
悔しくて涙がこぼれ落ちました。
ですがその時……
「――ボクが魔族を追い払うよ」
彼が姿を現したのです。
魔族の彼の登場に、
村の人達が動揺しました。
彼に対して心無い罵声を浴びせる
人達もいました。
ですが彼はそれを無視して、
私にニコリと微笑んでくれました。
「ボクには君がくれたお守りがあるから
誰にも負けやしないさ。だから、もう泣かないで」
魔族の彼にそう言われても、
私の涙は止まりませんでした。
ですがその涙は――
先程までとは違う涙です。
私は声を詰まらせながら――
魔族の彼に大切な言葉を伝えようとしました。
彼と別れたあの日に――
伝えるべきであった――
その大切な言葉を――
しかしその言葉が声になる前に――
彼は村で暴れている魔族へと立ち向かっていきました。
同じ魔族の彼が攻撃してきたことで、
村で暴れている魔族は虚を突かれている様子でした。
ですがすぐに魔族の彼を、
複数人の魔族が取り囲み、
彼を痛めつけていきました。
ですが魔族の彼は――
「そんな……そんな攻撃、
ボクに利くものか!
ボクには彼女から貰ったお守りがあるんだ!」
そう声を荒げて
必死に反撃を試みていました。
心優しい魔族の彼は
決して強い魔族ではありません。
ですがこの時の彼は、
どれだけの攻撃を受けようと、
決して倒れることなく、
魔族に立ち向かっていました。
「この程度の傷なら、
このお守りが癒してくれる!
彼女がボクを守ってくれるんだ!」
お守りを握りしめ、
必死に魔族に立ち向かう。
その彼の姿に、
私はまた涙をあふれさせます。
彼に伝えられなかった大切な言葉。
言うべきであったその言葉を――
私は涙を流しながら――
心の中で繰り返し呟きました。
あの……
そのネックレスなんだけど……
癒しの力なんてない、
ただのガラクタなの。
ごめんね。
最近村を訪ねてきた、
如何にも怪しい商人から
子供の菓子程度のお金で買ったネックレス。
癒しの力なんてないとすぐに分かり、
騙された私はそのネックレスの処分に困っていました。
だけど、どう処分したものか……
燃えるゴミ? それとも燃えないゴミ?
それとも別の区分?
えっと……ああ、めんどくさい。
だから、魔族の彼に渡したの。
別にだますつもりなんてないのよ?
少しだけロマンチックな感じに
しようと思っただけで。
てか普通信じないでしょ?
私はまだ子供よ?
その私が癒しのネックレスなんて
マジックアイテム持ってるわけないじゃん。
だけど……まさかこんなことになるなんて。
そんな私の気など知らず、
全身に切り傷を付けた魔族の彼が
「ふふふ」と不敵な笑みを浮かべました。
「傷が……癒されていく!
まるで痛みを感じない!
これが癒しの力か!?」
それは……多分気のせいだと思う。
ですが、実際に痛みなど感じていないのか
魔族の彼の動きはとても機敏でした。
えっと……あれだ……
きっとプラシーボ効果とかいうヤツだ。
思い込みが現実になるっていうヤツ。
だとしたら結果オーライかな。
そう思っていたら、
魔族の彼の腕がバッサリと切り落とされました。
「ぐわああああ!
おのれ! だがこの癒しの力をもってすれば……
ぐぬぬぬ、よし! 生えた!」
魔族の彼の腕が生えました。
あれ? これもプラシーボ?
そう思っていたら、
魔族の彼の全身が炎に焼かれました。
「ぎゃああああ!
だがこの癒しの力で――よし焼けた肉が再生した!」
……プラシーボってそんな万能?
なんか……こわ。魔族こわ。
「だああ! とおお!
はっ!? 声が聞こえる!
はい! ボクはこの村を守りたい!
え? 新たな力を!? どういうことですか!
ぐ……うおおおおおおおおお!
力があふれ出す! 行くぞ!
秘奥義! 絶空障壁!」
魔族の彼は何やら見えない何かと会話をして
新たな力を手にしたようです。
魔族の彼から立ち上った光の柱が、
村の魔族を全て打ち据えました。
全ての魔族を倒し、
魔族の彼が私に振り返り――
ニコリと微笑みました。
「やったよ。ボクが勝ったんだ」
にこやかに笑う彼に――
私もニコリと微笑みを浮かべて――
村人たちと一緒に、
足元にある石をそっと拾い上げました。
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