第33話 とある魔法少女とブラックな魔法の国

魔族は闘争を本能とする。

ゆえに常に強者を求めるものだ。

だが――


(今回は外れだな)


魔族は冷静にそう分析すると、

人気のない森の中で這いつくばる

冒険者を睨みつけた。


「その程度か。ふん。

魔族が幾人も倒されていると聞き及び

期待していたのだがな」


「ぐ……」


三人の冒険者の一人、

若い男が魔族をにらみつけてくる。

強気な態度にはあるが

その目には隠しようのない怯えが覗いていた。


魔族は落胆のため息を付き

武器を振り上げる。


「終わりだ」


だがその時――


「そこまでよ!」


高らかな声がなった。


周囲を見回す魔族。

茂みの中から――


一人の少女が姿を現した。


葉っぱやら枝やらを髪につけた少女が

びしりとこちらを指さして声高に言う。


「ついに見つけたわ! この悪党め!

今日こそは息の根を止めてあげるから覚悟しなさい」


「……なんだ? この女、貴様らの仲間か?」


「いや……え?」


三人の冒険者が首をひねる。

こちらの反応には構わずさらに少女が続ける。


「じゃあ行くわよ!

ギャラクシーパワー! ホーリーアップ!」


瞬間――少女の全身が虹色の光に包まれた。


どこからともなく陽気な音楽が鳴り響く。

光に包まれた少女がくるくると回る。

少女の衣装がまたたく間に変化し、

巷でゴスロリ衣装と呼ばれるものになる。


そして――虹色の光が途絶えると、

少女がビシリとポーズを決める。


「みんなの朝の栄養源になりたいの!

魔法少女マジカルバナナ! ここに見参!」


――

――


しんと場が沈黙する。

魔族はもちろん冒険者も魔法少女なるものを

不可思議の目で見つめる。


だが魔法少女はまるで怯まない。

こちらがなにか言うのを待っているのか

ポーズを決めたまま動こうとしない。


魔族が躊躇いつつ口を開く。


「……魔法少女だと?」


「そうよ! 魔法少女マジカルバナナ!

あなたの朝の栄養源に――」


「いや、それはもういい……

なるほど。ああっと……貴様は魔道士か?」


「違うわ! 魔法少女よ!」


「だから魔道士だろ?」


「全然違うわ! 魔法少女と魔道士は別の生き物よ!

可愛さが月とスッポン! 

腐った死体とミイラぐらい可愛さが違うわ!」


「どっちも可愛くないだろ」


「目が腐ってるの!? 腐った死体のほうが断然カワイイじゃない!

あのつぶらな瞳に口からたれたヨダレがキュート――」


「もうその話はいい」


魔族の制止に、魔法少女がはっとした様子で

あらためてこちらに指を突きつける。


「危ないところだったわ!

私は邪悪な存在を打ち消すために

魔法の国から魔法の力を授かった魔法少女!

よって悪のあなたを討ち滅ぼすわ!」


「よくはわからんが……とにかく戦うということだな」


魔族はニヤリと笑う。


「いいだろう。ちょうど生ぬるいと感じていたところだ。

魔道士だか魔法少女だか知らんが、

せいぜい俺を楽しませてもらおうか。さあこい!」


「行くわよ! 魔法少女ダイナマイトキィイイイイク!」


魔法少女なのにいきなり体術。

それはそうとして、魔法少女の繰り出した蹴りが――


冒険者の一人を打ち据えた。


「ぶべろろろろおおおおおおお!」


冒険者が盛大に鼻血を噴き出し倒れる。


ぽかんとする魔族をよそに、

魔法少女がビシリとポーズを決める。


「まずは一人! 続いて魔法少女マジカルパンチィイイイイイ!」


「げぼはああああああ!」


さらに冒険者の一人を殴り飛ばす魔法少女。

魔法少女が可愛らしくウィンクする。


「二人! さあ最後の一人よ! 魔法少女ボンバーヘッド――」


「待て待て待て待て待て待てぇえええ!」


魔族が声を上げる。

何やらカマキリのようなポーズをした

魔法少女が魔族に首を傾げる。


「何!? 今たてこんでいるからサインならあとにして!」


「んなものいるか! というか何をしているんだ貴様!」


「見てわかるでしょ! 魔法少女ボンバーヘッドダンスよ!

華麗なダンスを繰り出すことで、周囲一キロを壊滅させる技よ!」


「過程と結果がつながらん! 何にしろ少し待て!」


魔族の言葉に、魔法少女が不承不承のようすで

カマキリのポーズを取りやめる。


残り一人となった冒険者に舌打ちをする魔法少女に、

魔族が尋ねる。


「ああっと……貴様、悪を討ち滅ぼすと言ったな」


「そうよ! それが魔法少女である私のつとめ!

あなたの朝の栄養源に――」


「なぜスキを見てその決め台詞を言おうとする。

悪というのなら俺たち魔族ではないのか」


「私は善悪を種族で判断しないわ!

人間でも口に出すにも憚れる悪人はいるもの!」


「つまりこの冒険者らがそうだと?

ふん。魔族である俺達よりも優先すべき悪党か。

こいつらは一体なにをしたというのだ?」


「ポイ捨てよ!」


「待てぃいいいいいいいいいい!」


魔法少女に正式なツッコミ。


魔族は手をわななかせて声を荒げる。


「ポイ捨てごときで目の前の魔族を無視するな!

まずはこっちを優先してかかってこんか!」


「罪に大きいも小さいもないわ!

ポイ捨てだろうと罪は罪! きちんと

末代まで血反吐をはくような制裁を与えるの!」


「罪と罰のバランスが悪いわ!

だいたい、俺はこれまで何人もの人間を殺してきた!

魔法少女として俺も退治しなければならんだろう!」


「これからも頑張って!」


「なんか応援された!」


「私はポイ捨てという悪の心を正すため

魔法の国から魔法少女の力を授かったの!

それ以外の悪事はぶっちゃけどうでもいいの!」


「ぶっちゃけ過ぎだあああああ!」


「スキあり! 獣王快進撃!」


「げばあああああああ!」


魔族のスキを付き、最後の冒険者を打ちのめす魔法少女。

ビシリとポーズを決めて魔法少女が

勝利の宣言をする。


「この魔法少女マジカルバナナがいる限り、

悪が栄えることはないわ! それじゃあ私は

別のポイ捨てを野郎を探すから、バイビー!」


「行くな行くな行くな行くな行くなぁあああ!」


何やら古臭い立ち去り方をしようとした

魔法少女を呼び止め、魔族は言う。


「俺と戦え! 何やら全然魔法なんぞ使ってなかったが

それでも貴様はなかなかの強者だ!

この俺の欲求を満足させてくれるのは貴様しかいない!」


「それ愛の告白!? 

でも好みの顔じゃないの! ごめんなさい!」


「勝手にふるな! 俺は戦えと言っているんだ!」


「でも一度フラレたくらいで諦めちゃダメよ!

高価なプレゼントを貰えれば、私も握手ぐらいはしてあげるから!」


「邪な心がえぐいな! だからそうではない!

くそ……えっと……そうだ!」


魔族は手にしていた武器を、ポイッと茂に投げ捨てる。


それを見ていた魔法少女が顔をこわばらせた。


「どうだ! ポイ捨てしたぞ! 

これで俺を放ってはおけまい!」


「なんてことを……私の心を引き止めるためとはいえ

あなた……自分が何をしたのかわかってるの!?」


「なんか色々違う気がするが、

何にせよ戦う気になったようだな!」


「許さない! この魔法少女マジカルバナナが成敗してやるわ!」


「さあかかってこい!」


「あ……もう定時だから、退治は明日ね」


「うおいいいいいいいいいいい!」


絶叫する魔族。

魔法少女がため息をつく。


「仕方ないわ。だって残業申請しても

魔法の国はお金払ってくれないし。

ブラックなのよ。あの国」


「知らん! 何にしろ、正義の魔法少女が

定時云々で目の前の悪を見逃して良いのか!」


「魔法少女だってプライベートは大事よ!

これから彼とデートなんだもん! 

夜景の見えるレストランで食事をして

今日こそプロポーズをしてもらうのよ!」


「だから知るかあああああ!」


「何にしろ、明日よ明日! 

明日の朝九時にここに出勤して!

そしたら退治してあげるから」


「出勤いうな! どこまでビジネスだ!」


だがいくら魔族が吠えようと、

魔法少女はもはや戦う気がないようであった。


魔族は諦めのため息をつくと、

ギラリと瞳を輝かせる。


「……まあいいだろう。ならば明日、

朝九時にまた相見えよう。

その時こそ、決着をつけてくれる」


「プレゼント忘れないで!」


「だから違うわぁああああ!」


とりあえず叫び、くるりと踵を返す魔族。


すでに魔族の頭の中は

明日の決闘に向けてのシミュレーションに入っている。


すると――

背後から魔法少女のあっけらかんとした声が聞こえてきた。


「……あ、ちゃんと時計を見たらまだ定時十分前だった」


「へ?」


「魔法少女ギガブレイクゥウウウウウウ!」


「ふげぇああああああああああああ!」


魔法少女による背後からの奇襲で

魔族は一瞬にしてチリと化した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る