第32話 とある塔で魔王の迎えを待つ麗しのお姫様

愛しのあなたは今、どこにいるのでしょうか。


私は今日も、代わり映えのない景色にため息を漏らしています。


この塔に連れさられてより幾月が流れたでしょうか。


囚われた私にできることは、あなたの無事を祈ることだけです。


ですが――


私は信じております。誰よりも信じております。


あなたが必ず迎えに来てくれるだろうことを。


だからどのような辛い現実があろうと――


私は決して希望を捨てることはありません。


あなたという希望を捨てることなどできません。


いつまでもお慕い申し仕上げております。


愛しい愛しい――



魔王様。



======================


「――って、何だっていつまでも

魔王様が迎えに来てくれないのよおおおお!」


ドレスを着た女性はそう絶叫すると、

金色の髪をかきむしった。


囚われの塔に設けられたきらびやかな自室で

地団駄を踏むと、部屋にいる三人の魔族に声を荒げた。


「話が違うじゃないのよ!

この塔に監禁されていれば、いずれ魔王様が

私を迎えに来るって言ってたじゃない!」


「いや……まあ……はい」


三人の魔族の内、皮膚の赤い魔族が

遠慮がちに口を開く。


「その予定だったんですが……

そのどうも立て込んでいるようでして」


「そんなもの関係ないわ! いいこと!? 

私は世界征服という大きな夢を掲げた

ビッグでワイルドでセクシーな魔王様に

惚れ込んでここにいるのよ! だというのに

何だって毎日毎日締まらない面したアンタらと

顔を合わせなきゃいけないわけ!?」


「ですから……魔王様にも都合がありまして……」


「やかましいわ!」


ものすごく理不尽に殴られ、

皮膚の赤い魔族が地面を転がされる。


「言い訳なんて聞きたくないのよ!

魔王様に会えないってなら、城に帰らせてもらうわよ!」


「いやしかしですね……最近勇者とやらがなかなかに――」


「どっせえええええええ!」


ダッシュからの正拳突きで、

青い皮膚の魔族が地面に転がされる。


「勇者なんて知ったこっちゃないわよ!

だいたいアンタらが情けないから、

そんなポッと出の野郎にのさばられるのよ!

しゃきっとしなさい! 魔王様の配下として情けないわ!」


「情けないって……これでも我ら地獄の三人衆と結構有名な――」


「ゴボロゴゲバドオロバヒレー!」


なぞの奇声を上げながら殴られ、

緑の皮膚の魔族が地面に転がされる。


「地獄の三人衆だかジゴロの晩餐会だか知らないけどね、

こちとらもう我慢の限界よ! あと三日!

あと三日以内に魔王様に会わせなさい! いいわね!」


「……三日って……そんな無茶な」


「いいからやる! 言い訳するな! 

もう学生気分じゃ困るのよ!」


ブラック企業の上司のような口ぶりで

魔族に指示する女。


三人の魔族を睨みつけ、

女は口元だけに笑みを浮かべた。


「それが無理なら一日一日、アンタたちを一人ずつ

消していくわ。それが嫌なら、精一杯気張りなさいよ」




――そして第一日目


「それで、進捗の方はどうなのよ?」


女の言葉に、緑皮膚の魔族が震えながら答える。


「はい……あ……その、魔王様に

貴方様の手紙をお渡ししようと――」


「それ、初日に書いたやつよね?

魔王様が受け取らないって言ってなかった?」


「あ……そうです。『愛しのあなたは今――』とかなんとか」


「バカにしてる?」


「めっそうもございません!」


半眼になる女に、緑皮膚の魔族がブンブンと頭を振る。


「で……ですから、今度は郵便ではなく直接配達しようと

……はい……私みずから魔王様にお渡しした次第です」


「あら? いい仕事するじゃない」


ぱあっと表情を明るくする女に、

緑皮膚の魔族が安心したように表情の強張りを少し解く。


「それで? 魔王様は何だって?

いつ迎えに来てくれるって言ってた?」


「それが……その――」


再び表情を強張らせて緑皮膚の魔族が言う。


「忙しいようでして……手紙を……その……

魔王様が……破られてしまいまして……」


「……破った?」


「……はい。いや……申し訳ありません!

すぐに代筆して今一度、魔王様にお届けに上がります!

何卒……何卒怒りをお鎮めくださ――」


「なんて素敵なのおおおおお!」


女は胸の前で手を組むと、

恋する少女よろしく瞳をきらめかせた。


「さすが魔王様! 女の手紙なんて露ほども興味がないのね!

硬派な男はそうでなくっちゃいけないわ! 最高!

ますます好きになっちゃった」


想定外の女の反応に、

緑皮膚の魔族が表情に期待を浮かべる。


「――では、私の処分は?」


「あ、それとこれとは話は別よ」


「へ?」


「どっしゃああああああああああ!」


緑皮膚の魔族の頭部が、女の右ストレートに打ち砕かれた。




――そして第二日目


「へえ、魔王様が旅行にね」


「……はい。プライベートビーチで二泊三日の旅行だそうです」


青皮膚の魔族の報告に、女は眉間にシワを寄せる。


「それが何? まさか旅行中だから

連れてこれないなんて言い訳はしないわよね」


「めめめめ……めっそうもございません。

はい。実は私、そこで一計を案じましてですね、

魔王様は移動中の馬車でよく熟睡なさいますので、

御者を買収いたしまして、こちらの塔に来ていただこうと」


「ええ!? じゃあ何何? 来るの?

魔王様がこの塔に――」


「――いやそれが……」


興奮する女に、青皮膚の魔族がひどく言いにくそうに話す。


「出発前に……その魔王様が風邪を引かれまして。

旅行自体が延期に……」


「魔王様が……風邪?」


ぽかんと目を丸くする女に、青皮膚の魔族が慌てる。


「魔王様でも病ばかりはどうにもならず、

どうか……どうかお怒りを――」


「もう大好きいいいいいいいい!」


女が頬を紅潮させて絶叫する。


「魔王様が風邪とかカワイ?イ!

あれよね、一見して近寄りがたいすごい人が

素朴な面を見せて好感度上げるあれよね!

もう私の魔王様に対する気持ちバク上がり!」


「――で……ではお許しを――」


「キィエエエエエエエエエエエエエエ!」


女の放った回し蹴りが、青皮膚の魔族の体を両断した。




――そして第三日目


「あーあ……ほんと使えないヤツばっか。

もう諦めて城に帰っちゃおうかな……」


そう女が独りごちていると、

部屋の扉がバタンと開かれた。

そして――


「やあ! 待たせたねお姫様!

この私こそが、あなたが待ち焦がれていた魔王だ!」


全身を黒い鎧で包み込んだ、

身丈二メートルほどの魔族が姿を現した。


「え? ええええええ! あなたが魔王様なのね!」


女は登場した黒鎧に一目散に駆け寄ると

ふわりと黒鎧の胸の中に飛び込んだ。


「もう! ずいぶんと焦らされて、

私ってば少し怒っちゃってるよ」


「はっはっは! すまないな勘弁してくれ!

なかなか手が離せなくてな! だがそれも終わりだ!

今日からはこの魔王が、つねに一緒にいてやるぞ!」


「嬉しい! えい、ぎゅっとしちゃえ!

ぎゅううううううううう!」


「はっはっは! こらこら照れるではないか!

やめたまえ! はっはっは――

や――ちょ……強い! ぐおおおおお!

馬鹿な鎧にヒビが――まさか砕ける!?

そんな! やめ――うそ――許して!」


「ぎゅううううううう!」


「ぎゃあああああああああああ!」


黒い鎧が砕けて、中の魔族の背骨が砕ける。


女がゆっくりと腕を離す。


黒い鎧の魔族が前のめりに倒れて、

鎧の兜が転がり落ちた。


鎧の中身は、赤皮膚の魔族だった。


「ぐ……なぜ……偽物と見破った」


行きも絶え絶えに尋ねる魔族。


女は魔族を睥睨し――言う。


「別にわかっていたわけではないわ。

だけど本物の魔王様なら、私が強く抱きしめたぐらいで

死んだりしない。ただそれだけよ――」


「ぐ……なんか……かっこいい」


赤皮膚の魔族は絶命した。

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