第29話 とあるプロデューサとアイドルの甘酸っぱい恋の物語
「はい、もう帰っていいよ」
俺のその一言に、
踊りを披露していた少女が
悲しげにうつむいて部屋を出る。
この少女が最期の面接であるはずだ。
俺はそれを思い、ため息を吐く。
「どいつもこいつも……平凡極まりないな」
俺はアイドルのプロデューサをしている。
若い頃はそれなりに有名どころを排出していた
俺だが、近頃はまるで成果を上げていない。
プロデュースするアイドルがうけないのではない。
プロデュースしたいアイドルが出てこないのだ。
もはや定番の若く美しいだけの少女では
俺の感性を刺激してくれない。
「もう潮時か……この業界から身を引くべきなのかもな」
俺はそれを覚悟していた。
だがそんな俺に――
運命の出会いが訪れる。
それは、趣味の野鳥観察に森へと出掛けたときだ。
このあたりは魔族も少なく、比較的のどかであった。
だがこの日は違った。
珍しい鳥を見つけ、夢中になって追いかけていくうちに
魔族の住処近くにまで進んでしまったようだ。
そして――
俺は運命の出会いを果たす。
「ぐははは! 愚かな人間よ!
貴様の肉を削いで食らうてくれるわ!」
俺の眼の前に、一人の魔族が現れたんだ。
魔族定番の脅し文句を口にして
剣を振りかざす魔族。
その魔族の――
凛とした姿に――
俺はひと目で心を奪われた。
「君……アイドルにはならないか?」
「……なんだと?」
「アイドルだ。俺はアイドルのプロデューサを
している者だが、君をぜひプロデュースさせてくれ」
「……ぐははは! 何を血迷ったことを!
まさかそれで命乞いをしているつもりか!?」
「命乞い? 馬鹿な。俺は伝説となる
アイドルを世に出したいだけだ。それが叶うなら
こんな命、いるものか!」
「……しかし、私はこんな肌が緑色で
……そんな可愛いわけでもないのに……」
「くだらないことを! 今の顔だけの
アイドルなんかより、君は何百倍も魅力的だ!
君にはうちから秘めた美しさがある!
人を虜にする力がある! 君なら……世界を取れる!」
「………………」
「頼む! 俺にもう一度だけ……夢を見させてくれ!」
「………………やる。やるわ! 私! やってみる!」
――こうして俺の人生を懸けた
魔族のプロデュースが始まった。
当然、魔族をアイドルとするなど
反発の声が大きかった。
だがそんな連中も、彼女(?)の
歌と踊りを見れば、途端に息を呑み
魅了された。
彼女の魅力を殺さないよう、
服装はなるべく地味なものを選んだ。
けばけばしいドレスなど不要。
彼女にはとびっきりの笑顔と愛嬌がある。
――俺の思惑は的中した。
あれだけあった反発の声も、
すぐに彼女の声援に変わった。
彼女は堅実で実直で、皆に愛された。
彼女はまたたく間に、
スターダムへとのし上がったのだ。
しかし、分刻みのスケジュールは
彼女の心を徐々に蝕み始めていた。
「……明日は辺境にある○○村に営業。
その次は、新曲のレコーディング。
そして王都にてコンサートが……
おい、聞いているのか?」
「……あ、はい。ごめんなさい。
少しぼうっとしていて」
「……大丈夫か? 疲れているなら
少しスケジュールを見直して――」
「いいえ。大丈夫です! やります!」
「――しかし」
「プロデューサが、せっかく掴んでくれた
お仕事ですから! やりきりたいんです!
だって――だって私――」
「……」
彼女の気持ちには――
少し前から気づいていた。
だがプロデューサとそのアイドルが
そのような関係になるなど――
許されないことだ。
何より俺と彼女は――
人間と魔族なのだ。
だが――
そんな言い訳じみた理性など、
長くは続かなかった。
自分を信頼してくれている
彼女を支えてやりたい。
否。
本当はただ誰よりも
彼女のそばにいたかっただけだ。
なんてことはない。
世の人間が彼女に魅了されたのと同様――
俺も彼女に魅了されていたんだ。
始めて出会ったその日から――
ずっと。
「今の人気が一段落したら
婚約を発表しよう」
「うれしい。だけどいいの?
私とあなたは人間とまぞ――」
「それ以上は言うな」
彼女の唇にそっと指を当てる。
「種族など関係あるものか。
俺たちは愛し合っているのだからな」
「……はい」
彼女の瞳から涙がこぼれた。
しかし――
俺たちが婚約を発表する前に、
どこかの三流記者が、
俺たちの関係を記事にすっぱ抜いた。
途端に、世間は手のひらを返したように
俺と彼女をバッシングした。
「この裏切り者が!」
「俺たちの金で、てめえら二人は
おいしくやってたんだな!」
「人間と魔族が恋仲だなんて
汚らわしい! 消えろ!」
俺たちの関係が知られれば
このような声が上がることは
予想ができていた。
だからこそ、発表のタイミングは
慎重を期ししていた。
だが――俺たちはそれに失敗した。
もはや何をしたところで
どう釈明したところで
俺たちが恋人同士であることを
世間は許してはくれないだろう。
一度かけ違えたボタンを
はめ直すことはできない。
俺たちは2つの選択を迫られた。
関係を精算して別れるのか――
それとも――
俺たちの決断は――
後者だった。
ある日、俺たち二人は
高い崖の上に並んで立っていた。
足元のすぐ目の前は
目眩がするような絶壁。
思わずツバを飲み込む俺に、
隣に並んだ彼女が声をかけてくる。
「……怖い?」
俺は彼女に振り返り、
力なく微笑んだ。
「……それはね。怖いよ、やっぱり」
「……なら、やめる?」
彼女の問い。
俺はためらいなく頭を振った。
「……死ぬのは怖い。だけど……
君と別れるのはもっと怖い」
「……ごめんなさい」
どうして彼女が謝るのか。
謝る必要などない。
彼女を愛し――
彼女とともに死ぬ。
その決断を下したのは
俺の意思だ。
「天国で幸せになろう」
「うん」
「ずっとずっと……一緒だよ」
「うん」
そうして俺たちは
ともに崖下に目を向ける。
呼吸を整えて――
俺は言った。
「3……2……1……ゼ――
あ、靴紐が切れた」
「え? きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
とっさに靴紐を直そうとかがみ込んだ
俺の目の前で、
先走った彼女が崖下へと消えた。
俺はしばしの間、彼女が消えた崖下を
呆然と眺めた。
すぐに後を追おうとも思うが
なんかもう――そんな雰囲気でもないし
――気が乗らない。
俺は崖下から視線を上げると
小さくため息を吐いた。
「いや、やっぱ魔族はないわな」
そうして、俺はいつもの生活に戻るため
帰路についた。
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