第27話 とある元勇者の復讐劇【後編】

深夜の宿屋。

彼は部屋にこもり、酒を煽っていた。


酒など勇者となり旅を始めたから

一口も飲んでいない。


酔っているところに襲われれば、

ひとたまりもないからだ。


だがもう、そんな心配もする必要がない。


なぜなら――


「俺はもう……勇者じゃないからな……」


すると――


「見つけたぞ……勇者」


そんな声が聞こえた。


窓に視線を向けると、そこには


右目に傷をつけた魔族が立っていた。


「……え? 誰?」


「……ふ。誰か……忘れたとは言わさんぞ。

この右目の傷を見ろ。お前につけられた傷だ」


そう言われても覚えていない。


首をかしげる彼に、魔族がクツクツと笑う。


「……なるほど。だが仕方がないかもな。

私は所詮、勇者にとって有象無象の魔族に過ぎなかった。

だが今は違う。私は山ごもりをして力をつけた。

今度こそ勇者である貴様を殺す」


どうやら、その魔族は彼に一度敗北した魔族らしい。

そして、その復讐のために修行をして

こうして姿を現したという。


彼はそれを理解すると――


魔族に対して笑みを浮かべた。


「何がおかしい?」


憤慨する魔族に、彼は力なく頭を振る。


「俺はもう……勇者じゃないんだ」


「? どういう意味だ」


「お前さんは山にこもっていたから知らないようだが、

俺が少し留守にしている間に、世間は新しい勇者を

迎えていたらしくてな……だからもう――」


彼は――


「俺は……用無しなんだ」


瞳から涙をこぼした。



――――

――――



一体……これまでの努力は何だったのか。


仲間を失い……恋人を失い……

それでも歯を食いしばり生きてきた……


勇者としての責務……仲間の仇討ち……

そのためだけに必死に生きてきた……


五年。口にすれば短い言葉だ。

だがそれは、これまでの人生と遜色ないほど

濃密な時間であった。


辛苦を舐めながらも、

強くなるためだけに修行した。


師をこの手にかけてまで、

勇者として強くあることを望んだ。


だというのに……


何? チートって……


俺の五年もの修行は……

友人と恋人を殺された想いは……


そんなもので踏みにじられるのか?


そんな……ただなんとなく力を手に入れた

だけの若造が……なんとなく敵を倒して

……みんなから称賛される。


そんな――


舐めたことがあるか?



そんな想いが一斉に押し寄せ


彼の瞳から涙となりこぼれ落ちたのだ。



「……お……おい。何を泣いている」


「……いいんだ。もう……いいんだ。

俺を殺したいなら……殺せばいい。

いや……俺からも頼む。俺を……殺してくれ」


彼の言葉に、魔族が息を呑む。


「俺はもう勇者じゃない……だがお前は

俺を勇者だと言った……お前に殺されるなら……

俺は勇者として死ねる……だから……頼む……

俺を――殺してくれ!」


彼は最後、懇願するように魔族に叫んだ。


そのとき――


パチン!


彼は魔族に――頬を叩かれた。


「……」


声を失う彼に、魔族が小さく頭を振る。


「何を馬鹿なことを言っているの?」


「……俺は……」


「そんなの……そんなの私の知ってる勇者じゃない!」


魔族のその言葉に――

彼は胸を締め付けられた。


「どうしちゃったの? どうしてそんな

馬鹿なことを言うのよ! 私の知っている勇者は

どんな困難にも立ち向かう、強い人だったはずよ!」


「……もう俺は……お払い箱なんだ」


「馬鹿なこと言わないで!」


「だってそうなんだ! ずっと修行して……

必死に頑張ってきたのに、チートとかよくわかんないもので

簡単に覆される! こんなの頑張ったって意味がないだろ!」


「だから……だから何なのよ!」


魔族が叫びなら

彼を強く抱きしめた。


ボロボロと涙をこぼす彼に

魔族も涙をこぼしながら、

ぽつぽつと言葉を紡ぐ。


「だから何? 他人が楽をして強くなったから何?

確かに悔しいと思う。そいつが許せない気持ちもわかる。

だけど……あなたはあなたでしょ?

そいつがいたからって、今まであなたが勇者として

努力してきたことが無駄になるわけじゃないじゃない!」


「俺は……俺は……」


「私は……私だったら、そんなやつよりも

あなたに助けられたい。本当にこの世界のことを想い

頑張ってきたあなたに助けられたい。

あなたが勇者であってほしい!」


「俺は――」


いつの間にか……涙が止まっていた。


彼は……


「俺は……勇者なんかじゃない」


彼のその言葉に、魔族の表情が曇る。


だが……


「そうだ……俺は別に……勇者になりたかったわけじゃないんだ」


「え?」


「俺はただ……大切な人を守りたかった。

それだけで……肩書なんてどうでも良かったんだ」


だというのに、いつのまにか勇者であることに固執していた。


勇者であることに意味を求めていた。


そうではなかったはずだ……


自分が戦おうと決めたのは……


勇者になりたかったわけではなく……


誰かを守りたかっただけだなんだ。


「俺は……何を腐っているんだ……たとえその

新しい勇者がいたとして……一人ですべての人を

救えるわけじゃない……こんな俺でも……

まだ救える人が……いるはずなのに……

俺は……死んでしまえばいいだなんて」


「……いいの。あなたが辛いのはわかるから」


「ごめん……ごめんごめん……ごめんよ」


彼は魔族を強く抱きしめた。


闇が沈殿した一室。窓から差し込む月光が

抱き合う二人を照らしていた。


「俺……やってみるよ。戦ってみる」


「うん……うん」


「どこまでできるかわからないけど……精一杯やるよ」


「うん……うん」


「どんな魔族だろうと倒してみせる」


「うん……うん……うん?」


魔族の最後の声が上ずった。


彼は一切声の調子を変えず、淡々と言う。


「新龍雷光波」


魔族が奥義に打たれ、その体をばらばらにした。


彼は血溜まりと化した魔族に

クスリと微笑み、窓から月を見上げた。


美しい満月。だがこの満月をのんびりと

楽しむことができない人々が

この世界にはまだ大勢いる。


その人たちのために――彼は戦う決意を固める。


壁や天井が魔族の血に濡れた部屋の中、

彼は窓から見える満月に向けて――


力強く拳をつきつけた。

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