第26話 とある元勇者の復讐劇【前編】
「ぐわああ!」
幼少期よりともに剣術の訓練をしていた親友が
悲痛な叫び声を上げて絶命した。
「いや……いやあああ!」
旅を始めて最初に立ち寄った村で出会い、
徐々に惹かれ合い、恋人関係となった少女が
涙を流して絶命した。
「あ……ああああ……あああああ!」
その間、自分は何もできなかった。
ただ声を上げるだけで、
友人も恋人も救うことができなかった。
「これが勇者一行の力か……なんと脆いものか」
魔族が微笑んでいる。
友人と恋人の血を吸い、
魔族の手に持つ赤い剣が
より禍々しさを増す。
「き……貴様! よくも……よくも二人を!」
彼は素手で魔族に立ち向かった。
武器も鎧も失い、魔力も体力も底を突いている。
ゆえに、それが彼にできるせめてもの抵抗であった。
「ふはははは! 軟弱者め!」
虫でも払うように、魔族に叩かれ地面を転がる。
だが痛みはない。親友と恋人を失った心の痛みに比べれば
身体的な苦痛など露ほどにも感じない。
(くそ……くそ……)
悪態を付きながらも、どこかで安堵する。
ここで死ねば、天国で二人にまた会える。
どうせこのまま生きたところで、
二人のいない人生を生きるつもりなどなかった。
しかし……そんな彼に魔族はどこまでも
残酷な運命をつきつけてくる。
「貴様を生かしておいてやろう」
「な……なんだと! どういうつもりだ!」
「ただの余興だ。このまま勇者を殺したところで
面白みなど何もないからな」
魔族は笑みを浮かべると、仲間の血を吸った
剣を肩に担ぎ、踵を返した。
「生きて生きて……仲間を殺された恨みを持って
我の前に再び現れろ。その時、また勝負してくれよう」
――それが五年前になる。
魔族に仲間を殺され、彼は自身の力不足を痛感した。
このままで世界を救うことはおろか、
仲間の仇討ちすらできない。
彼は山奥にいる剣術の達人に弟子入をして、
五年間、休まずに修行を続けた。
何度も挫けそうになった。
それは、修行が辛いからではない。
仲間の亡霊がときおり枕元に現れ
一人生き残った彼に怨念の言葉を口にするためだ。
むろん、これは彼の妄想に過ぎない。
だがそれでも、彼は自分だけが生き残ったことを責め、
何度も自ら命を絶とうと考えた。
だが彼はそのたびに、
勇者としての責務、
そして仲間の仇討ちを果たすことを考え、
歯を食いしばって修行を続けた。
すべての役割を終えたときに命を絶とう。
その決意を胸にしてーー
「新龍雷光波!」
剣術の達人に伝授された奥義。
それを自身の師となった剣術の達人に放つ。
師が奥義を受け前のめりに倒れた。
「み……みごと……免許……皆伝だ」
「し……師匠! こんな……どうして避けなかったんですか!」
「奥義の伝授は……師の命をもって……完成する」
「そ……そんな……師匠がいなくなってしまっては、
俺は……俺はまた一人に……」
「情けないことを……いうな……お前には……勇者としての
……使命がある……お前には……世界中の人が……ついている」
「師匠……」
「戦え……お前は……勇者なのだから」
「――はい!」
――こうして、師の命と引き換えに、
彼は力を手に入れた。
山を降りた彼は、さっそく近くの村で
仲間の仇である、赤い剣を持った
魔族の情報を探した。
そして――
「……え? もう死んでるの? その魔族」
「ああ。あれ? あんた知らないのか?」
眼を丸くする彼に、酒場にいた若者は肩をすくめる。
「有名だぜ。すっげえ強い魔族なのに、倒されたってな」
「……え? ちょっと待って……ああ……
心の整理が追いつかない……倒したって……
あいつ倒せるやついるの? え? 誰?」
「誰って、勇者だよ。勇者様」
「へ?」
勇者は自分のはずだ。
ぽかんとする彼に、若者が淡々と話す。
「なんか異世界から来たっていう勇者だよ。
ほら、去年辺りに王様からお達しがあったろ?」
「……うそお」
どうやら、自分が山ごもりをしている間に
新しい勇者が現れていたようだ。
だが異世界とは一体?
「……強いの? その……ああ……勇者っての」
「強いっていうか……なんかズルいというか」
「ズルい?」
「なんでもさ、神様とやらからチートな能力をもらったとか」
「はあ? チート? え? 何それ?」
「うーん……なんか、都合よく敵を倒せる能力みたい。
よくわかんねえけど」
「都合よくって……そんな曖昧なもんで
あの魔族が倒された? いや……まさか」
「でもそうらしいぜ。しかも楽勝に」
「楽勝? いやいや……そんな」
「いやマジ。だってよ、勇者ってば
その魔族を倒したとき、こう言ったらしいぜ」
若者が息を吸い、こう言った。
「あれ? おれまた何かやっちゃいました? ……てさ」
そのなんともふざけた言葉に――
彼はがっくりと膝を突いた。
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