第22話 とある闘技場の魔族とふんどし
「はーい。それでは次の試合に参りましょう。
次は魔族闘技場のチャンピオンとスライム型魔族との
試合になります。これより、受付でかけ金の登録を行います」
男はマイクを下し、嘆息する。
男に女が近寄り、眉をひそめる。
「いいんですか? チャンピオンとスライム型魔族では
勝負になりません。かけ金を無償で上げるようなものですよ」
「仕方ないだろ。組み合わせは上の連中が決めてるんだ。
まあ何かの手違いなのだろうが、私達はそれに
従わなければならない」
「んー、でも大赤字になりますよね」
「それは大丈夫だろ。さすがに力の差があるからな
倍率は1.0001だ。一般人じゃ全財産かけても
小遣い程度の儲けにしかならんさ」
「ああ、そうなんですね」
「まあ、いつも世話になっているお客様への
サービスだと思えばいいさ。さあ、分かったら
さっさとお前は仕事に戻って――」
「たたた……大変です!」
男と女の会話に、見習いの男が駆け寄る。
「大変っすよ! どうも闘技場に王様がこられたそうです!」
「何!? またか。あの道楽王め!
仕事中に遊びに来るとはけしからん奴だ!
……が、それがどうした?」
「どうしたもこうしたも、その王様が
チャンピオンに国の予算全てをかけてるんですよ!」
見習いの言葉に、男はすっとんきょうな声を上げる。
「はあ!? 馬鹿いえ! いくらあの馬鹿でも
そんなふざけた真似をするものか!」
「それがしてるんです! 俺達が考えるより
あの王様は馬鹿だったんですよ!」
「ぬう……異世界から転生したとかいう
阿保みたいなやつを勇者に認定するぐらいだからな。
馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが……まさかここまで」
「どどど……どうします?
幾ら倍率が低くても、かけ金を支払えば
この闘技場は破産ですよ!」
「ぐ……仕方ない。チャンピオンに
相談して、八百長をしてもらおう」
「ダメっすよ! あいつ魔族の癖に
そういう曲がったこと大っ嫌いですから!」
「は? 何だそれは! 魔族の癖に生意気な!
魔族は卑劣で愚劣な真似をして
ゲヘゲヘ言ってりゃ良いんだ!」
「ゲヘゲヘ言ってる魔族は見たことありませんが
まったくもってその通りです!
しかしどうします?」
「むう……」
男は腕を組み、暫しして瞳を閃かせる。
「よし……俺の知り合いに
誰にも負けたことがない男がいるから
そいつに掛け合ってみよう」
「え? でもこれは魔族同士の戦いですし、
それにチャンピオンの相手はスライム……」
「そこは何とかする! とにかく俺に任せろ!」
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強いとは何だろう。
その答えをもとめ、魔族の彼は闘技場で
戦い続けていた。
魔族のセコンドを務める老人が
戦いを前に集中する魔族に話し掛ける。
「次の相手はスライムだ。
正直、敵になどなるまいが……分かっているな」
「はい。誰が相手だろうと全力を尽くします」
手を抜くことは、相手に対する侮辱だ。
そんなことはしない。
強さの意味を追い求める者どうし、
誰が相手だろうと敬意をもって戦う。
「では、いくぞ!」
「はい!」
闘技場の舞台へと続く道。
この道を歩くときはいつも気分が高揚する。
不安がないわけではない。
だがそれを塗り替えるほどの
興奮が胸を満たす。
舞台に出る。
頭上より照り付けるライトに、
瞳を細める。
チリチリとする緊張感。
大勢の視線が自身に集中し、
足が宙に浮いているような
妙な感覚にとらわれる。
この非日常が日常になり
いったいどれほどの月日が流れたか。
そして、これからどれほどの月日を
この非日常に浸ることができるのか。
それは分からない。
だが魔族は一分一秒でも長く
この非日常で生き続けるために――
今日も戦う。
(強さとは何だろう。
ぼくはそれを知るために
戦い続けなきゃならないんだ)
そして、眩いライトに照らされた
空間の向こうに――対戦相手がいる。
今日の対戦相手は
スライム型魔族だ。
その小さな影が徐々に――
徐々に――
あれ――
なんか影がでかいぞ。
まだ目が光に慣れなくて
よく見えないけど……
何か手足が生えてなくね?
そのスライム型魔族は――
頭部にスライムのぬいぐるみをつけた
筋骨隆々でふんどし姿の男だった。
「……」
「……」
魔族のみならず、観客も沈黙する。
重い静寂が闘技場の舞台を包み込む。
「……いや、これスライムじゃ――」
「はい、じゃあ試合開始!」
全ての人の疑問を無視して、
強制的に試合開始の合図が上がる。
筋骨隆々の男が駆け出す。
よく状況を理解できない魔族だが――
(と……とにかく戦わなければ)
戦闘態勢をとる。
だが――
筋骨隆々男が、唐突にスプレーで
目潰しをかましてきた。
咄嗟に目を瞑る魔族。
だがスプレーのつよい刺激で
涙と咳が止まらない。
無防備となった魔族を、
筋骨隆々男が、どこからともなく取り出した
鈍器で滅多打ちにする。
――勝負はものの一分で決した。
ズタボロに殴られ地面に倒れる魔族。
鈍器をかかげ、勝利の雄たけびを上げる筋骨隆々男。
ブーイングを上げる観客。
そして――
「はい、終わり! 勝ったのはスライムです!
予想を当てた人はかけ金を受付で受け取ってくださいね!
まあ誰もいないけど! はい、そこモノを投げない!
はあ? うるせえ! どう見てもスライムだろうが!
今日はもうお終い! おらおら帰った帰った!」
そんな声が闘技場に響いた。
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