第23話 とある天空城に住む天空の姉妹
天空城。
そこは読んで字のごとく
天空に浮かんだ城だ。
その城に住まうものは
天空の民。
魔族が地上に現れるよりも
遥か以前、
人間がようやく火を扱い始めた
それほどの昔から
地上を上空より眺め
見守り続けてきた世界の管理者。
今、地上は魔族の脅威にさらされている。
恐怖と絶望が渦巻く地上に
天空の民は心を痛めた。
だが天空の民はあくまで管理者である。
種族間の争いには干渉してはならない。
管理者としての責任。
人の幸福を想う情愛。
交わらない相反する感情を胸に抱き
天空の民は今日も、
天空より地上を眺めていた。
天空の民である
白いドレスを着た姉が、
天空城のテラスに立ち、
地上を見下ろして悲しげに呟く。
「人の恐怖が、苦しみが、この天空にまで
届いてくるようです。ああ、
なんと私達は無力なのでしょうか」
姉の嘆きに、白いドレスを着た妹が
同じく悲しげに呟く。
「お姉さま。お気持ちは分かります。
しかし私達は世界の管理者。
地上に干渉できることは限られています」
妹の言葉に、姉が頭を振る。
「もちろん、分かっています。
ただこの身を引き裂くような
心の悲しみだけは、抑えることができません」
「それは私も同じです。
叶うことなら地上の民を救って上げたい」
「私達はなんと無力なのでしょうか。
こうして選ばれし勇者が訪れるまで
その役割を果たすことすらできないなんて」
「それが天空の民の宿命……
とても悲しくて辛い宿命なのです」
姉と妹が同時に沈黙する。
テラスを通り抜ける上空の強い風。
姉と妹の間に流れるその風が、
姉妹の悲しみを乗せ
青い空に吸い込まれていく。
長い、余りにも長い静寂。
地上を救うことのできない
不甲斐ない自身を
強く責める姉妹。
この長い静寂は、
その自責の念に耐えるために
姉妹にとって必要な時間だった。
――長い時間が経ち
妹が口を開く。
「……お姉さま」
「なんですか?」
「……おしっこ」
妹の言葉に、姉がきょとんと目を丸くする。
「……はい?」
「おしっこ……行きたいです」
「え? おし……えっと……
おしっこって、あの、おしっこですか?」
「あの、おしっこです」
「あの尿道より放出される
液状の排泄物ですか?」
「科学的っぽく言われても
困りますが……そうですね」
また姉妹の間に沈黙が落ちる。
その静寂は、さきほどまでの
静寂とは異なり
なんというか――
まあ、うん。といった
何ともいえない静寂であった。
硬直する姉に対し、
妹は徐々に顔を蒼白にして、
足をもじもじと動かし始める。
「だから、おしっこです。
いつも着陸している場所に
城を下ろしてください。
は……早く」
「早くって……え?
そんなに我慢できないの?」
「もう限界なんです!
ははは……早く城をパーキングエリアに!」
「パーキングエリア言わない!
ええええ! ちょ……どうして
もっと早く言わないんですか!?」
「お姉さまが何か、たそがれているから
邪魔しちゃいけないと思ったんです!
そしたらなんか地上がどうとか
心の痛みがどうとか――
長いんですよ! 話が!」
「貴方も宿命だ何だって
ノリノリだったじゃない!」
「だって乗らないと、
お姉さま後で不機嫌になるんだもん!
ああああ! いいから! そんなのいいから
早くパーキングエリアに城を止めて!」
「急には無理よ! すぐ近くに
パーキングエリアなんてないもの!」
姉の言葉に、妹が瞳に涙をためて
じたばたと足を動かす。
「あああ! 無理! ちょ……
マジで漏れる! ああああ!」
「だだだ……駄目よ! 天空の民が
おもらしだなんて許されないわ!」
「どうにもならないわよ!
ああもう! どうして城なのに
ここにはトイレがないのよ!」
「空に浮いているんだもの!
ライフラインなんてあるわけないでしょ!
ああ、でも昔使ってた汲み取り式のトイレなら――」
「嫌よ! ぼっとん便所なんて!
おシュレットなんて贅沢言わないけど
せめて水洗じゃないと……おおおお!」
「ががが……我慢なさい!
こうなれば仕方ないから、どこか
近くにある村のそばに着陸させるから!」
「いやあああ! ははは早くうううう!
おおおおあおああおあおあおあお!」
「ががが我慢なさい!」
「ああああ……あ…………あーあ」
「あーあって何!? え? まさか――」
「ぬうおおおおおおおおおお!」
「紛らわしい強弱つけないでよ!
ああ、あそこ! あそこの村に不時着するわよ!」
天空の城が急降下を始める。
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「いくぞ! 我ら魔族の力を人類に見せてやれ」
「げははは! 女子供を皆殺しにしてやるぜ!」
「きゃっはあああ! 血だ! 血を浴びさせろ!」
とある小さな村に、
百体弱もの魔族の大群が
一斉に襲い掛かろうとしていた。
その時
ズウウウウウウウウン!
大きな物音とともに、
頭上より巨大な岩の塊が降ってきた。
訳も分からず全滅する魔族。
そのただ一人の生き残りが――
攻め入ろうとした村へと駆けていく、
白いドレスの女性の後姿を見た。
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