第20話 とある少女とその飼い犬
「ねえ、ママ。飼っていいでしょ?」
「だめよ。もといた場所に捨ててきなさい」
母の冷たい言葉に、少女は瞳に涙をためた。
腕に抱えた子犬を母にかざし、口調を強くする。
「お願いだよ。ちゃんとお世話するから」
「そんなこと言って、また三日坊主にするんだから」
「そんなことないよ。ポチはちゃんと育てるよ」
つけたばかりの名前で、子犬を呼ぶ少女。
母が大きく溜息を吐く。
「いい加減になさい。うちにはそんな余裕がないの。
早く捨ててこないと、家に入れないよ」
「……」
少女は悲しげな表情を浮かべ、子犬を連れて家を出た。
――村の外れ
「大丈夫だよ。捨てたりなんかしないから。
あたしがここでポチのこと育てるからね」
「きゃん」
ポチが嬉しそうに、ブンブンと尻尾を振る。
「これから毎日来るから、一緒に遊ぼ」
「きゃん」
――そして少女と子犬の生活が始まった
「ほら、ポチ。ご飯だよ。
ご飯をこっそり隠して持ってきたの」
「きゃん、きゃん」
ポチが嬉しそうに、
少女が持ってきた餌を食べる。
「一杯食べて、大きくなってね」
「きゃん」
――1週間後
「ほら、ポチ取っておいで」
「きゃん、きゃん」
少女がボールを投げると、
嬉しそうにポチがボールを取りに行く。
ボールを口にくわえ、少女のもとへ戻るポチ。
少女が頭をなでると、ポチが嬉しそうに尻尾を振った。
――1か月後
「お手、わあ上手。ポチ」
「きゃん、きゃん」
少女の小さな手に、自身の手をのせるポチ。
「もっともっと一杯、芸を教えてあげるからね」
「きゃん」
――2か月後
「おちんちんも上手だね」
「わん、わん」
二ヶ月の間に、ポチの鳴き方も少し大人になった。
だが少女にとって、ポチはいつまでも
可愛いポチであった。
――4か月後
「わあ、ついに二足歩行をマスターしたね。ポチ」
「わぅう……」
スタスタと二本の足で歩くポチ。
嬉しそうに手を叩く少女に、
ポチは照れたように、ぺこりとお辞儀した。
――8か月後
「はあ、はあ、ポチ速いよ。
もうかけっこじゃ追いつけないね」
「わうぅ、わえおうんわおうわおおう」
その場でパタパタと駆け足をするポチ。
少女はニコリと笑う。
「まだ走り足りないんだね。
じゃあもう少し遊ぼうか」
「うわい」
――1年後
「ねえ、ポチ。宿題で分からないところあるんだけど」
「どれ、貸してみてくださいお嬢」
ポチにノートを手渡す。
少女の疑問に、ポチは三次方程式を駆使して
鮮やかに解を導き出した。
「すごいね、ポチ。頭いいんだね」
「いえいえ、ただ本を読むのが好きなだけですよ」
――1年半後
「ポチ。もう体はすっかり大人だね」
筋骨隆々でポージングを決めるポチ。
少女の言葉に、ポチは当時そのままの、
可愛い子犬の顔で笑顔を浮かべた。
「お嬢のおかげです。
この御恩は一生忘れません」
「恩なんていいんだよ。
ポチとあたしはお友達じゃん」
「――お嬢……何とお優しいお言葉」
「もう泣かないで、ポチ」
ほろりと瞳から涙を流すポチに、
ハンカチを渡す少女。
ハンカチで涙を拭いながら、
ポチは少女の前で誓いを立てた。
「私は一生、お嬢にお仕えし
お守りすることをお約束します」
――少女は、自分の拾った子犬が
ただの子犬ではなかったことに
まだ気付いていない。
――そして二年後
少女は母の言いつけで、近くの沢に
水を汲みに行っていた。
普段であれば、この道に魔族が出ることはない。
だが――
「みろ、ガキが一人で森にいるぞ」
「まじか。俺はあのガキのもちもち肌をみると
この剣で斬り刻んでやりたくて仕方ないんだ」
下卑た笑みを浮かべる魔族が二体、
運の悪いことにそこにいた。
少女はまだ魔族の存在に気付いていない。
陽気に鼻歌などを歌いながら、森を歩いている。
「よし、殺るか」
「げひひ。どんな悲鳴を上げるか楽しみだ」
そして魔族が、
今まさに少女に襲いかかろうとした
その時――
「ぐおおおおおお!」
「な、なんだ!?」
突然、魔族の一体が血を吹いて倒れた。
倒れた魔族の腹部には、巨大な岩石をぶつけられたような
大きなくぼみができていた。
「――お嬢に手を出すな」
倒れた魔族のそばに、
巨大な何かが立っていた。
顔は子犬。だが体は
ミノタウロスも真っ青の
筋肉の鎧をまとっていた。
「な……何だてめえ!」
「お嬢に――」
何かが拳を振り上げる。
それは控えめに言って
体を一瞬でミンチにするほどの
威圧感を纏っていた。
禍々しく瞳を輝かせ
何かが告げる。
「――手を出すな」
そして魔族は――
================
「ああ、ポチ。どうしたのこんなところで?」
「お嬢。いえ、散歩をしていました」
「へえ、偶然だね」
「そうですね」
「あれ? ポチ。何か真っ赤だけどどうしたの?」
「いえ。トマトを食べてたのですが食べこぼしてしまって」
「もう、ポチは世話が掛かるな。
おいで。村で洗ってあげるから」
「恩に来ます。お嬢」
少女はポチと手をつなぎ
仲良く一緒に、森の外に出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます