第19話 とある人間と魔族のウサギと亀
昔々、あるところに
人間と魔族がいました。
魔族はとても強い体を持ち、
人間を殲滅して世界を支配しようとしていました。
そんなある日――
「やあやあ、人間さん。
相変わらず貧弱で情けないこと
山のごとしですなあ」
「やあやあ、魔族さん。
それは聞き捨てなりませんね。
私は魔族にだって負けはしませんよ」
「何と愚かしい考えでしょう。
はらわた掻き出して馬の糞を詰めてしまいますよ」
「そこまでおっしゃるのなら良いでしょう。
ではあの山の頂上まで、どちらが早く到達できるか
競争しようではありませんか」
「なんと片腹痛い。貴方のような劣等種が
魔族に敵うとお思いですか。
よろしい、勝負してあげましょう」
「ありがとうございます、魔族さん」
「ただし私が勝ったら、
貴方を食べてしまいますからね」
「分かりました。その代わり私が勝ったら
貴方を即刻始末し、貴方の家族には死ぬよりも辛い
拷問をかけ、最後は肥溜めに沈めてしまいますね」
「割に合わない気もしますが良いでしょう」
「では早速、よーいスタート」
魔族と人間は一斉に走り出しました。
しかし魔族はとても早く、人間はまったく追いつきません。
山の中腹に到達した魔族が、
はるか後ろを走る人間を眺め大きく笑いました。
「なんと、口ほどにもない。
やはり人間なんか相手にはならなかったのですね。
よし、少し疲れたから暫く休んでいこう」
魔族はご機嫌にそういうと、
近くにある木に近づき寝転がりました。
――それから一時間後。
ようやく山の中腹に到達した人間が、
そこでいびきをかいて寝ている魔族を見つけました。
「やあやあ魔族さん。寝ていて良いのですか?
追い抜いてしまいますよ?」
しかし魔族は起きません。
人間は仕方なく、魔族をおいて、
山の頂上を目指して歩き始めました。
――しかし
「このままでは、魔族さんは風邪を引いて
しまうかもしれませんね」
お日様が出ているとはいえ、風はとても冷たい。
人間はとても優しいので、
懐から毛布を出して、
眠っている魔族にかけてあげました。
「これで温かいでしょう。
それでは頂上まで進みましょうか」
人間は改めて
山の頂上を目指して歩き始めました。
――しかし
「このままでは、寝返りをうった時に
毛布がとれてしまうかもしれませんね」
眠りながら毛布を蹴る魔族を見て、人間はそう感じました。
人間は超絶的に優しいので、
懐から縄を取り出して、
毛布と魔族をぐるぐる巻きにしてあげました。
「これで毛布が外れることはないでしょう。
それでは頂上まで進みましょうか」
人間は改めて
山の頂上を目指して歩き始めました。
――しかし
「これでは顔が寒いかもしれませんね」
唇を青くしている魔族を見て、人間はそう思いました。
人間は優しさの化身になっていました。
懐からタオルを取り出して、
魔族の顔に巻き付けて縛ってあげました。
もちろんタオルは水に濡れたものを使います。
「これで顔も温かいことでしょう」
暫く様子を見ていると、
魔族がビクビク震えだしました。
きっと人間の優しさに感動しているのですね。
そのうちに、魔族の震えが止まりました。
人間は満足して、山の頂上を目指して歩き始めました。
――しかし
「……人目につかないところに、隠しておきましょう」
その理由は――とくに思いつきませんでした。
ですが、優しさという概念が生命を帯び、
現世に具現化した人間は
間違ったことを決してしません。
近くにある崖に魔族を落としてあげて、
人間は今度こそ頂上を目指して歩き出しました。
――そして二時間後、
人間はついに山の頂上に到達しました。
「やりました。どうですか魔族さん。
私達だってとても強いんですよ」
人間は一人でそう話すと、
すぐに下山を始めました。
人間にはとても大切なお仕事が
残っているのです。
そうです。勝負をした魔族の
――その家族を探さなくては……
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