第18話 とある狂戦士モジャモジャモジャリン
洞窟の奥深くにある巨大な広間に
魔族である彼の城はあった。
「ついに我々も、数百人にもなる
組織となりました。そろそろ表舞台に立ち
その力を人類と魔王に示すときでしょう」
「……うむ。そうだな」
部下の進言に、
城の玉座に座った彼は頷いた。
彼の目標は、人類の殲滅だけではない。
現在、地上を支配する魔王さえ倒し、
その地位を取って変わるつもりなのだ。
「よし……部下全員に伝えておけ。
明日より我らは地上に出て、
地上を火の海に変えてやるとな」
「は! みなも喜ぶことでしょう」
玉座の間を出て行く部下。
彼は闇の中で牙を剥き、ニヤリと笑った。
――と
「な……ぐわあああああ!」
洞窟の広間の入口。
その警備をしていた魔族の声が
城の中にまで響いてきた。
「何事だ?」
「は! 侵入者です!」
「侵入者だと? 何者だ!?」
「それが……分かりません!」
「魔族か!? それとも人間か!?」
「分からないんです!」
魔族か人間かも分からない?
そんなことがありえるだろうか。
「敵は何人だ!」
「敵は一人……いや一体……
えっと一匹? 一脚? 一ペリカ?」
何を言っているのか。
とりあえず、彼は部下に指示を飛ばす。
「何でもいい! さっさと始末しろ!
明日より我らは地上支配という大事業があるのだぞ!」
「は……はいいいい!」
彼の怒声に、部下が逃げるように去る。
その間も、部下の悲鳴が洞窟内に響いていた。
「ぎゃああ!」
「なん……でぶしゃあああ!」
「ごろべろるばげろろろお!」
「ひっこすひっこすひっこすううう!」
その悲鳴が徐々に彼のもとに近づいてくる。
誰か分からないが、その侵入者とやらは――
(相当の腕利き……面白い)
部下がやられているというのに、彼は微笑んだ。
元来、戦闘をこよなく愛する彼だ。
敵とは言え、その実力を楽しみにしていた。
暫くして――
「へげえええええ!」
玉座の間に、血みどろの部下が転がり込む。
そして――
全身に返り血を浴びたソレが――
姿を現した。
「……ん?」
それはもじゃもじゃの毛を全身に生やした
マリモに似た――何かだった。
つぶらな大きな瞳を輝かせ、
太くて短い手足をプリプリと振り、
玉座の間に入るマリモ。
そして突如――
マリモが駆け出した。
(速い!)
彼は即座に玉座から離れ、
マリモの突き出された拳を躱した。
玉座が粉々に破壊され、
背後の壁までもが大きく抉れる。
(馬鹿な――なんという力だ!)
マリモから距離を取る。
マリモが長距離から
彼に短い手を突きだした。
すると突然、マリモの手がゴムのように伸びる。
「な――ぐふ!」
伸ばされたマリモの手を、腕をクロスして防御する。
まるで自身の身丈を遥かに超える岩石を
高速でぶつけられたような衝撃。
彼はごろごろと背後に転がり、
片膝を立てて態勢を立て直す。
だが――マリモの姿が消えていた。
直感に従い、横に跳ぶ。
脇腹を掠めて、マリモの拳が空を切った。
「おのれ!」
背中に携えた剣を引き抜き、
マリモに振るう。
刃がマリモの胴体に叩きつけられる。
だが――
刃がマリモの体を通らない。
「くそ――!」
再び後退して、マリモとの距離を空ける。
すると、マリモの全身の毛が突然伸びた。
マリモの伸びた毛が、
まるで独立した生き物のようにうごめき、
彼の全身に巻き付く。
「しま――」
失態を悔いる間もなく、
マリモが両手を前方に突き出した。
マリモの手のひらから、
不可視の波動が撃ち放たれる。
「ぐうおおおおおおおお!」
後方に吹き飛ばされる。
マリモの毛が引き千切れ、
魔族の体をズタズタにした。
「つ……強い……強すぎる……」
何者だ。これほどの力
魔族とも人間とも思えない。
「お……おのれえええええ!」
血を吐きながら、しゃむにに
マリモに突っ込む。
せめて一撃だけでも……
そう考えた捨て身の一撃だったが――
瞬間、時が凍結した。
(か……体が動かない)
金縛り。否。玉座の間にある
篝火すらその動きを止めている。
(時を止められた?)
停止した時を、マリモがゆっくりと
近づいてくる。
マリモのその悠然とした姿を見て
彼は確信した。
時を止めたのは――このマリモなのだと。
マリモが拳を振り上げる。
彼は身動きさえできない。
捨て身の一撃さえ与えることは叶わない。
何もできず彼は――
マリモの拳に撃ち抜かれた。
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「ということで、どうでしょう?」
魔族がひそんでいたという玉座の間で、
青年は陽気に尋ねた。
青年の問いに、この洞窟の近くに住む村人たちが
難しい顔を作る。
「どう……といわれましてもな」
「これは結局何なんですか?」
村人の質問に、青年がどこまでも陽気に答える。
「いやだなあ、だから何度も言ってるじゃないですか。
今の時代、何もしなければ小さな村は滅びるばかり。
そんな村を救う救世主が――ゆるキャラですよ!」
青年の熱弁に、村人がやはり首を傾げる。
青年は、魔族の血に濡れたマリモのような
生き物を指し示し、ことさら陽気に言う。
「そして、これが私の立案した最強のゆるキャラ
――モジャモジャモジャリンです!」
「……名前長くない?」
村人の突っ込みに、青年は力強く頭を振る。
「大勢いるゆるキャラの中で目立つためには、
少々突飛な名前の方がいいのです!
因みに趣味は、魔族の殲滅です!」
青年の言葉に、村人がまた懐疑的に首を捻る。
「どうして魔族の殲滅?」
「ゆるキャラと言えど、
もうただ愛想を振りまく時代は終わりました。
今後は、役立つゆるキャラが流行る時代です」
「んん……でもなんか怖いな」
「怖くないです! とってもチャーミングなんですよ」
必死にマリモこと、モジャモジャモジャリンを宣伝する青年。
「ていうか……これ誰が入ってるの? 只者じゃないよね?」
「は? いやいや何言ってるんですか。
モジャモジャモジャリンはモジャモジャモジャリンで
誰が入っているとかはないんですよ」
「いや……でも背中にファスナーついてるし」
「それは夢の世界に続く扉です。中には誰も――」
「ブギョロギョロギャゴボロポゴホホ――」
突如鳴いたモジャモジャモジャリンに
村人の表情が強張る。
「いや……ホント何が入ってるの?」
「ですから、入ってるとかそういうのはちょっと……」
眉尻を落とす青年。
村人が顔を突き合わせて、短い会議をする。
暫くして、村人の代表が青年に言った。
「……今回は見送るということで」
「……そうですか。残念ですが分かりました」
こうして、青年と村人は洞窟を後にした。
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