第16話 とある生贄の女性と少女

女性が顔を伏せて泣いている。


泣いている女性に向け、

女性を囲う大人たちが悲し気に口を開く。


「すまない……これしか方法がないんだ」


「私達の力のなさを恨んでくれ」


涙で顔を濡らした女性が、小さく頭を振る。


「いいえ……分かっています。

私が生贄になることで、村の皆さんの命が

助かるのなら……それは誇るべきことなんです」


だがそう理解していても、

恐怖や哀しみが消えるわけではない。


ボロボロと涙を流しながら

気丈にふるまう女性に、

女性を囲う大人たちは力なく顔を俯ける。


「すまない……本当にすまない」


「俺達に力があれば……くそ」


とその時――


部屋の扉が力強く開け放たれた。


「お待ちください。皆さん!」


開け放たれた扉に振り返る。


そこには少女が一人立っていた。


涙で目を腫らす女性のそばにたち

少女が力強く言う。


「私が――生贄になります!」


「な、なにを馬鹿なことを!」


女性と少女を囲う大人たちが

一斉に声を上げる。


「お前はまだ若い!

お前が犠牲になる必要などないのだぞ!」


「残念なことだが、生贄はこの女性に決定した!

お前はすぐに自分の家に戻りなさい!」


「彼女も覚悟を決めている!

余計な口出しをするでない!」


大人たちの声に怯むことなく

少女が声を上げる。


「何が必要ないですか! 何が決定ですか!

何が覚悟を決めているですか!

こんなことに納得できる人が

本当にいると思っているんですか!」


「……わしらだって、心苦しい!

だが仕方がないのだ! 

あの魔族には誰にも逆らえない!」


少女が頭を振り、

涙を流している女性を手で指し示す。


「彼女は……彼女は先月、

結婚したばかりなんです!

これから子を育み、幸せになる人です!

そんな人を、生贄にはできません!

だから私が代わりに生贄になります!」


「それを言うなら、お主の幸せはどうなる!

お主だって幸せになる権利があるはずじゃ!」


「私は天涯孤独の身です。親にも先立たれ

悲しむ者もいません。私が生贄に適任なんです!」


「馬鹿な! お主が死ぬようなことになれば、

わしらが悲しむのだぞ! たわけたことを言うな!」


「それはこの女性も同じことでしょ!

私が犠牲になったほうが合理的なんです!」


「合理非合理の話はしとらん!」


「私が生贄になります!」


「ならん! 認めんぞ!」


泣きはらした女性を蚊帳の外に置き、

徐々にヒートアップする少女と大人達。


少女が眉尻を吊り上げ、さらに声を荒げる。


「私が生贄になりますって!

だってほら――彼女ってアレじゃないですか!」


少女の言葉に眉をひそめる女性。

少女の発言に大人たちもまた声を荒げる。


「確かに彼女はアレだが、だからこそなんだ!」


「だからこそってなんですか!

私の方がそれっぽいでしょ!」


「確かにそれっぽいし、

世間体的にはお主が一番なのは分かっている!

だが駄目なんだ!」


「意味が分かりません!

彼女を生贄にしたって、きっと魔族は怒りますよ!

だってほら、こことかこことかアレじゃないですか!」


「そこもかしこもアレだし、

見えてない場所もアレで、

脈絡はないが性格もアレにしておく!

だが駄目なんだ!」


「どうしてですか!?」


「だってあの魔族は――」


大人たちが決定的な言葉を口にする。


「ブス専なんだもんーー!!」



======================


洞窟の奥で、生贄を待つ魔族。


果たして今月はどのような美女が連れてこられるのか。


そう魔族が心を躍らせていると――


「……なんだ?」


平凡な顔をした少女が、

息を呑むような絶世の美女の首根っこを掴み

魔族の前に姿を現した。


「ちょっとちょっと!

あんたが生贄を欲しがってる魔族!?」


平凡な顔をした少女が声を荒げる。


よく分からないが、

魔族は胸を張り答えた。


「いかにも。なるほど。

新しい生贄を連れてきたのか。

そこの長時間引きずられたかのように

足が擦りむいて血だらけな美女が

今回の生贄だな?」


「だから――なんでよおおお!」


平凡少女が、絶世美女を投げつけてくる。


絶世美女とともに転倒する魔族。


平凡少女が、絶世美女ごと魔族を踏みつける。


「私とこいつを見て、どうしてこいつが

生贄だって思うワケ!? どこどうみても

私の方が美人でしょうが!!」


「――はあ? な……何を言っている」


脳天から盛大に血を流している絶世美女を脇に退け

魔族がふらふらと立ち上がる。


「お前の方が美人? ばかな。

美的センスがいかれてんのか?

どうみてこの便所の蓋のような顔をしている

女の方が美人だろうが」


「便所の蓋のどこが美人だあああ!」


平凡少女のソバットが魔族の顎を捉える。


魔族の巨体が倒れ、絶世美女が下敷きにされる。


「私の方が数千倍美人だっての!!

こんな奴と比較されるなんて屈辱的だわ!

私の方が可愛いって認めなさいよ!」


「ぐ……断る!

世界がひっくり返ろうと、美の基準は揺るがない!」


「テメエの美的センスがひっくり返ってんだけだ!

コラァ! おらおらおらおら!

私の方が美人だって認めなさいよ!」


魔族にまたがり、タコ殴りする平凡少女。


ついでに、魔族の下敷きになっている絶世美女も

タコ殴りにされていたりする。


「い……いやだあああ! 好きなものは好きなんだ!!

お前なんかを美人だなんて認めるものかああああ!」


「私を美人だって認めるまで殴るのを止めない!

オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ

オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」



――それから不思議と

魔族から生贄の催促はなくなった。

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