第10話 とある酒場のパフパフ娘

「ああ、もう! 限界よ!」


青いドレスの女性のその言葉に、

酒場の女店主が首を傾げた。


「一体どうしたの? そんな大きな声を出して」


女店主がグラスを磨く手を止めて

青いドレスの女性の言葉に耳を傾ける。


「マスター。私の仕事って知っているわよね?」


「えっと……確かパフパフしてあげるって

声をかける……そんな仕事だっけ?」


「そうそれよ。パフパフを通して、

いろんな人を元気にする誇り高い仕事よ」


なぜか女店主が怪訝な顔をするも、

青いドレスの女は構わずに話を続ける。


「私はこの仕事を初めて五年になるけど、

来てくださったお客様はみんな素敵な人

ばかりだったの。だけどね、半年ぐらい前から

すっごく困ったお客様がいらっしゃるようになって」


「……どう困ってるの?」


「その人ね、本当にパフパフをしてもらいに来てるのよ!

ねえ、信じられる!?」


青いドレスの女の言葉に、女店主が眉をひそめる。


「えっと……ごめんなさい。本当にパフパフって……

パフパフするのがあなたの仕事でしょ?」


「そうだけど違うのよ! 私のパフパフは

パフパフと思わせて、パフパフじゃないの!」


「よく……わからないわ」


「だからね……パフパフってつまりこう……

私の胸でパフパフされるってそう想像するじゃない?

でも実際はそうじゃなくてね……えっと

有名な例だと、パフパフ娘のお父さんが肩を

パフパフを揉むとかそういうことをするの」


「つまり肩透かしをさせるってこと?

それって詐欺なんじゃ……」


「違うのよ! お客様もそれを暗黙で理解して、

パフパフを受けるものなの。殺伐とした世界の

ちょっとした癒やしみたいなものなのよ!」


「そう……なの。それで、えっと……

話を戻すけど、その本当にパフパフをしてもらいに

来ているってお客様は……」


「そう! 本当に私の胸が目当てで来ているのよ!

もう、気色悪いったらないわ!」


青いドレスの女は、ブルブルと体を震わせると、

さらに舌打ちまで、話を続ける。


「半年間ずっと毎日毎日、姿を現してはパフパフを頼んでくるの。

とりあえず、さっき上げた例みたいに、肩透かしで

追い返しているんだけど……いい加減半年ともなると、

もうパフパフのネタも尽きてきてね……このままじゃ

いつかあいつに本当にパフパフしなきゃいけない日が来るわ!」


「その仕事のことはよく知らないけど……

同じネタを毎日するのは駄目なの?」


「それは駄目よ! いい、パフパフってのはね

駄目だとわかっていても若干の期待があるから楽しめるの。

いつも同じやり口だったら途中で、ああ今日もパフパフはないな、

ってそう思われちゃうじゃない」


「……難しいのね」


「そう難しいの。ねえ、マスター。

何かパフパフにからめたネタってないかしら?」


青いドレスの女の言葉に、女店主が考え込む素振りを見せる。


「……えっと、化粧のパウダーでパフパフとか」


「それは駄目よ。すっごい最初の方でやっちゃったから」


「……じゃあ、おまんじゅうを2つ持ってパフパフとか」


「それも最初。使い古されたネタだわ……」


「……適当なおじさんを捕まえて、その人の

お尻に顔を突っ込んでパフパフとか」


「それは昨日やっちゃったの! 

もう全然新しいネタがないじゃない!」


「……やったんだ……それ」


困ったように首を傾げる女店主に、

青いドレスの女が顔を蒼白にする。


このままでは、本当に変態客にパフパフを

しなければならなくなる。あるいは


――廃業か。


そう怯える青いドレスの女に、

女店主が躊躇いがちに口を開く。


「曖昧な記憶だけど、うちの実家にある

古文書にね……確かそんな文字を見かけたような……」


「本当!? それって使えるものなの!?」


「何だったかしら……でも確か、

へんてこな遺跡にある……何かだったような……」


「もうなんでも良いわ! その古文書ちょっと貸して!」


「いや、でも遺跡って結構危ないんじゃないかしら?

そこまで無理をするのも……」


「背に腹は代えられないの! その古文書にある

パフパフで急場をしのいでみせるんだから!」



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人間に化けた魔族は、ほくそ笑んだ。


「くっくっく。パフパフ娘め。

一ヶ月も姿を見せなんだが、

ようやく姿を現したか」


新しいパフパフのネタを仕入れたか、

あるいは――


「観念して、俺にパフパフをする覚悟を

したということか? ならば、

存分に楽しませてもらおうか」


あたかもこれから死闘を演じる戦士のような

物言いで、パフパフ娘のところへと向かう魔族。


パフパフ娘がいる酒場の戸を開け、彼女の姿を探す。

パスパフ娘である青いドレスの女はすぐに見つかった。


だが――


「な……なんだと?」


パフパフ娘の雰囲気が、一ヶ月前とは激変していた。

全身のいたるところに擦り傷をつけ、

その眼光はまるで肉食獣のように荒々しい。


一体、一ヶ月の間に何があったというのか。


パフパフ娘が、魔族の姿を見つけ、ニヤリと笑った。


「ああ……お客さん。来てくれたのね。

当然今日も、パフパフしていくんでしょ?」


「……も……もちろんだ。今日も楽しませてもらうよ」


パフパフ娘の異様な雰囲気に気圧されながらも、

魔族は無理矢理に笑みを浮かべて、そう話した。


「では……こちらに来てください」


パフパフ娘に促されるまま、酒場にある個室へと移動する。

薄暗い部屋に、パフパフ娘と二人きり。

魔族の心に、期待感が芽生えてくる。


(な……なんだ。妙な雰囲気だったが、

ついに本物のパフパフをすることに決めて、

切羽詰まった顔をしていただけか?)


暗い部屋の中心にパフパフ娘が立ち、

魔族を手招きする。ゴクリとつばを飲み込み

魔族がパフパフ娘の前に立った。


「それじゃあ……パフパフを始めますね」


「お……おう」


パフパフ娘が、まぶたを閉じ――


――詠唱を開始した。


「万物に宿る神々よ。我が呼び声に答えたまえ。

祈りは力。願いは魂。創造により繰り返される破壊。

我は輪廻を断ち切る剣を求める者なり――」


「へ?」


「混沌に沈む闇夜の君主。這いずるは地獄の亡者。

数多の夢を喰らいし悪魔の使徒を、我が魂を贄にして

虚無より現し世の構成する――」


「いや……何言って……」


「右を向けば左。上を向けば下。ああいえばこう。

こういえばああ。屁理屈ばかりの成金ジジイ。

赤信号。みんなで渡れば怖くない――」


「本当……それって……」



パフパフ娘が、両手を頭上に掲げ


――絶叫する



「古代魔法――『パフパフ』!」





パフパフ娘が放った、古代魔法『パフパフ』が

魔族を分子レベルにまで分解した。

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