第9話 とあるダンジョンで眠るただの屍
返事がない。ただの屍のようだ……
返事がない。ただの屍のようだ……
返事がない。ただの屍のようだ……
「ふっざけんなあああああ!」
そう声を荒げたのは、ただの屍と成り果てた、
男の魂であった。
激高する男に、同じく魂だけの眼鏡の男が、
あくび混じりに尋ねる。
「何をそんなに怒ってるんだよ?」
「これが怒らずにいられるか!?」
ただの屍の男が、頭から湯気を出しつつ、
自身の亡骸を指差す。
「ただの屍だと? ふざけるな!
俺の二十年もの人生の末路が、
そんな気のない言葉で語られて
納得がいくか!」
「仕方ないだろ。だってただの
屍なんだから」
眼鏡の男の返答に、ただの屍男が、
地面をスカスカとすり抜けつつ、地団駄を踏む。
「巨大な落とし穴に引っかかりはしたものの
こんな奥まったダンジョンを旅するような男が、
ただの屍なわけ無いだろ!
勇者にも負けず劣らずの、超優秀な冒険者
……の屍であるべきだ」
「……よくわからんが」
眼鏡の男がため息混じりに言う。
「それがお前の成仏できない理由か?
冗談よしてくれよ。付き合わされるこっちの
身にもなってくれ……てもう身はないが」
「自虐はいいんだ。とにかく、
この周りにいる十把一絡げの屍と
一緒くたにされては納得いかん」
ただの屍男が、落とし穴の底に眠る
無数の屍を指し示し、そう声を荒げる。
「だから俺の偉大さを、屍から感じるように
しようと思う。お前も協力してくれ」
「具体的にどうするんだ?
まあ、魂だけでも物を少し動かすことならできるが」
そう話しながら、眼鏡の男が近くにある
誰ともわからない骨を念力で持ち上げる。
「例えば、骨をピンク色に塗るのはどうだろうか?
カラフルになればバエること間違いなしだ」
「バエねえよ。流行に敏感な女だって、
屍とツーショットは撮りたくないだろ」
「ならば、屍を陽気に踊らせてはどうだろうか?
MPとか吸収していい感じだぞ」
「何がどういい感じだ? 魔族と間違えられて
切られるのがオチだと思うが」
「むう……ならお前はどうしたら良いと思うんだ」
ただの屍男の問いに、眼鏡が首をひねる。
「そもそも……屍自体を特異なものにしてどうする?
屍じゃなくて、生前のお前を評価されなければ、
なんの意味もないだろう?」
「おお、言われてみればそのとおりだ。
しかしそれこそ難しい問題じゃないか?」
「まあな……だが方向性は定められる。
お前、生前の自分で、最も自慢したいことはなんだ?」
「みんなが俺を崇め奉っていたことだ!」
そんな記憶などないが、
眼鏡の男は特にそれを指摘せず、思考を続ける。
「ならばそれを強調したレイアウトに、
屍を配置転換してみよう。
例えば玉座に座った屍があれば
自ずと王のものだと分かるだろ?」
「なるほど。それはいい考えだ。
よし早速作業に取り掛かろう。手伝ってくれ」
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「やれやれ、馬鹿な冒険者は腐るほど来るのに、
勇者といえばとんと来る気配もない。
これでは昇進も夢のまた夢かなあ」
ダンジョンの管理を任された魔族が
そんな愚痴をこぼしながら見回りをする。
秘密の階段を使い、落とし穴の底に降りる。
落とし穴の底には、その罠にかけられた
無数の冒険者の屍が転がっている。
その屍から高く売れそうな戦利品を
探すつもりだった。
だが――
「……なんだこりゃ?」
いつも無造作に転がっている屍が、
おかしなことになっている。
大勢の屍が円を描くようにして
配置され、その眼球のない眼孔で
円の中心を見据えていたのだ。
そしてその円の中心に――
錆びた剣を頭上に掲げた
一体の屍がいた。
「……」
なにか薄ら寒いものを感じつつ、
魔族はその円の中心に立つ屍に
近づいた。
当然、屍が動くことはない。
円の中心に立つ屍の前に立ち――
魔族は屍を調べた。
――返事はない。ただの屍のようだ。
(なんでじゃあああああああああああ!)
どこからともなく、聞こえるはずのない声が
聞こえた気がした。そしてその直後――
屍の掲げていた錆びた剣が、
魔族の脳天に打ち下ろされた。
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