第8話 とある魔族と魔族じじい
倒した魔族が立ち上がり、
仲間になりたそうな目でこちらを見ている。
この短い文章に、
どれほど魔族の覚悟が隠されているか
想像したことはあるだろうか。
魔族から離れ、勇者のもとにつく。
それはすなわち、以前の仲間を裏切ることだ。
当然、友人知人と会うことなどかなわない。
家族にすら顔を合わせることもない。
それどころか、家族は身内に裏切り者がいると
周囲から冷笑を浴びることになるかもしれない。
今までの大切なものをすべて犠牲にし、
大切だったものから恨まれることさえ耐え忍び、
勇者と行動をともにする。
魔族の「仲間になりたそうな目」と言うものは、
それほどの覚悟をもってなされる目なのだ。
……そう、自分もその覚悟を持っていた。
持っていたはずだった。
だが……
=====================
「ただの一度も戦闘に出さず、
速攻で魔族じじいに預けるとはどういうことだあああ!」
魔族は小さな牢の中でそう絶叫した。
魔族の声に気づき、牢の中を掃除していた
魔族じじいが話しかけてくる。
「ぬう、どうした? ちみっこい魔族の子よ?
発情した犬のような声を上げて? やはり発情か?」
「なんでだ!? 今の俺の心からの声が、
なんで発情に聞こえる!?」
魔族は地団駄を踏み、
きょとんとしている魔族じじいに更に叫ぶ。
「俺はすべてを投げ捨てて、勇者のもとにつく決心をした!
それがなんだ!? この有様は!? 日がな一日
牢の中で過ごす毎日! 俺はこんなことをするために
仲間や家族を犠牲にしたんじゃない!」
「仕方なかろう。お主は初期の魔族。
今のままでは大した戦力にはならんだろうて」
魔族じじいの的確な指摘に、魔族はぐっと息を呑む。
「た……たしかに俺は、他の魔族の連中と比べれば
戦力としては見劣りするかもしれん。
だが……覚悟は負けていないはずだ!」
「覚悟で世界を平和にはできんでのう……」
またも的確な魔族じじいの言葉。
魔族はなおも言い返そうと口を開くも、
とたんに力を失い肩を落とした。
「……ああ、そうだよ。何も言い返せねえよ。
だがよ……そんなことはじめから分かっていただろ。
だったら、どうして俺を仲間になんかしたんだよ」
「どうして……じゃと?」
ピクリと眉をはねさせる魔族じじい。
魔族は勢い込んで声を荒げた。
「それだったら、初めから俺を仲間になんて
すんじゃねえよ! そうすれば俺は何も失わずに
すんだんだ! いたずらに仲間にして、
期待させて、そのくせ簡単に見捨てやがって!
こうなったら、もう一度魔族側について――」
「バカモンがあああああ!」
魔族じじいからの痛恨の一撃。
魔族の体が、ピンボールのように狭い牢で跳ねる。
「……な、なぐったね。魔王にも殴られたことないのに!」
「なぐってなぜ悪いか!?」
魔族に背中を向けた老人が、くるりと首だけを振り返らせて
よどみなく話を始める。
「何を情けないことを話しているか。
頼られない自分を嘆くだけで、
なぜ頼られる自分になろうと努力をしようとしない?」
「か……簡単に言うんじゃねえ! 俺は体も小柄な
力ない魔族だ! 努力したところでたかが知れて――」
「愚か者がああああ!」
またも魔族じじいに殴られる。
鼻から滝のような血を流す魔族に、魔族じじいが怒声を上げる。
「努力する前に諦めおって。何が力のない魔族だ!
そのような自分を慰める言葉を探す前に、
やれることなど山のようにあるだろう!」
「ぐ……ぐほう……わ……分かったようなことを……
魔族にとって種は絶対だ……努力で覆されるような……」
「うつけがあああ!」
魔族じじいのドロップキック。
魔族の膝が崩れ落ちる。
「まま……待て、じじい。一回のやり取りのたびに
殴りつけるのはやめろ……さすがに痛――」
「この劣等種があああ!」
かなりひどい差別的発言とともに、
魔族じじいが肘鉄をかます。
ばたりと撃沈して、沈黙する魔族。
するとおもむろに、魔族じじいが自身の服を脱いだ。
齢八十をこえるであろう魔族じじいの
その肉体は――
鋼のような筋肉の鎧に覆われていた。
魔族は驚愕に目を見開く。
「こ……これは?」
「老人は弱き者だと……そう考えていたか?」
魔族じじいの問いかけ。
呆然とする魔族に、魔族じじいが頭を振る。
「お主たち魔族を押さえるために、
わしは日々の鍛錬を欠かしたことがない。
他人が持つ主観や評価など、己の努力次第で
いくらでも覆せるのじゃよ」
「……じいさん……俺は……俺は……」
魔族がボロボロと涙をこぼす。
そんな魔族の肩に、魔族じじいが優しく手を乗せる。
「己で限界を決めてどうする。
勇者に頼られなんだ、頼られるよう鍛えればいい。
これからはわしがみっちりと、トレーニングしてやるからの」
「……じいさん……俺……じいさんのように
強くなれるかな? じいさんのように
立派な体を手に入れることができるかな?」
魔族の言葉に、魔族じじいがニカリと歯を輝かせる。
「わしが通うプラチナジムに行けば
誰でもわしのようになれる。
この甘美なる肉体を手に入れることができるわい」
「じいさん……俺……やるよ!
絶対にじいさんのように強くなって
誰にも負けない肉体を手に入れてやる」
「うむ……その意気だ!」
魔族じじいが夕日(牢の中から空など見えないが
そんなことは瑣末な問題だ)を指差し、
ハラハラと涙を流す。
「さあ、ともに歩もうではないか!
言っておくがこの道は険しい修羅の道ぞ!」
「覚悟しております! 師匠!」
「まずは、三ヶ月後に控えた
ボディビル大会に向けて、トレーニング開始じゃ!」
「俺、絶対に入賞してみせるっす!
みんなから肩にメロンがあるって言わせてみせるっす!」
「二人で最強のボディビルダーを目指そうぞ!」
「はい!」
――当初の目的とずれているのだが、
魔族はそんなことには気づきもせず
その瞳に明るい未来を写し込んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます