第7話 とある鍛冶職人と弟子
「これが『地響きのトンカチ』だ」
師匠の出した古びたトンカチに、青年は頭をかしげる。
「……普通のトンカチに見えますね」
「まあな、事実ただのトンカチだ。
そんでもってこれが……『神々の涙』だ」
ガラス瓶に入れられた液体に、青年はまたも頭をかしげる。
「……普通の水に見えますね。むしろ少し濁っているような」
「だろうな。近くの池で適当に汲んできた。
そんでもってこれが……『オリハルコン』だ」
師匠の出した虹色の輝きを放つ鉱石に、青年は目を見開く。
「これは……マジものの『オリハルコン』じゃないですか。
よく手に入りましたね」
「ああ。苦労したぞ。だが何にせよ、この3つの道具が
伝説の武器を作るために必要となるわけだ」
師匠の言葉に、青年は三度頭をかしげる。
「『オリハルコン』はともかく、他の2つは別に
必要ないのではないですか?」
「バカモン。伝説の武器だぞ? 簡単に手に入っては
拍子抜けだろう。この私――世界でも指折りの
鍛冶職人によって鍛えられる一振りの魔剣。
少しぐらい難易度を上げてもバチは当たるまい」
「難易度?」
「つまり、これら3つの道具を適切な場所に隠し、
勇者にはそれとなくその場所をほのめかして、
取ってきてもらうってわけだ」
「……それ、なんの意味があるんですか?」
「繰り返すが、これは伝説の武器を作るイベントだ。
苦労に苦労を重ねて手に入れることに、意味がある」
そういうものか。青年はなんとなく理解するも、
だがやはりかしげた首を戻さない。
「……その『オリハルコン』ですが、量が微妙ですね。
これで一振りの剣が作れるんですか?」
「ん? ああ、これは別に問題ない。
練習のために十本近く作ってみたらな、
残ったのがこれだけになったのだ」
そう話し、師匠が背後に転がっている
十本もの剣を指差す。
「勇者がこれら3つの道具を持ってきたときには、
後ろにある剣の中からできのいい一振りを選んで
それを渡そうと思っている」
「つまり、この『オリハルコン』自体は使わないんですね」
「ああ。まあ武器の引換券みたいなものだ」
ありがたみがあまりないが、まあ実害はない。
青年はそう考え、さらに師匠に質問する。
「それで、その3つの道具はどこに隠すんです?」
「『地響きのトンカチ』はカジノの経営者と交渉してな、
その景品としておいてもらうことにした。もちろん、
勇者以外にはこの景品を渡さないようにしてな」
「よくOKもらいましたね」
「安物のトンカチが、大量のメダルで交換されるんだ。
連中にとっても悪い話ではないだろう」
それはただの詐欺だが
まあどうでもいい。
「それで『神々のヨダレ』はどうするんです?」
「ヨダレじゃない……『神々の涙』だ。
これは近くにある沼あたりに放置しようと思う」
「近くの沼って……あのカッパが出るって噂の?」
「うむ。そこの沼に、金を握らせた浮浪者を立たせてな、
仙人的な役割をして、勇者に道具を渡すって寸法だ」
沼に仙人? 微妙な人選だが、まあどうでもいい。
「それで『オリハルコン』は?」
「うむ……実はこれが困っていてな……
まず鉱石だからな。鉱山に放置しようと思う」
「こんな加工済みの鉱石が転がっていたら
さすがに怪しくないですか?」
「大丈夫だろ。勇者なんて無知なもんだ」
青年の不安を師匠が一蹴し、さらに師匠が続ける。
「だがなやはり主軸となる道具のため、
魔族と戦闘の末、手に入れるのが良いと思うのだが、
魔族がはびこっている鉱山というのがな
なかなか見つからんのだ」
「……というかないでしょ。どうして鉱山に魔族が
はびこらなきゃいけないんですか? 巣にしても
住みにくいでしょうし、奥に進めば空気は薄いし」
「そうなんだよな……それに、仮に魔族のいる
鉱山を見つけても、そこに放置などしたら
簡単に盗まれてしまう。それはまずい」
「まずいですね。じゃあ、どうするんですか?」
「……むう」
師匠が大きく首をひねった。
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数十匹からなる魔族が高らかに声を上げる。
「よいか皆の者! 我ら優秀な情報収集隊が、
この鉱山に勇者が潜り込んだとの情報を掴んだ!
まさに袋のネズミとはこのことよ!
これより奇襲をかけ、勇者の首を取りに行くぞ!」
「うおおおおおおおおお!」
数十匹からなる魔族が、各々の武器を高らかに上げる。
「いくぞ! 全体――前進!」
ズドドドドドド! と数十匹の魔族が
鉱山の狭い通路へと押し寄せる。
そして、最後尾の魔族が鉱山に入った
その直後――
ズズン! と巨大な地響きとともに、
鉱山の入り口が落石により塞がれた。
「な……なにいいいいいいいい!」
主導的な魔族が顔面を蒼白にして、
鉱山の入り口へとまい戻る。
入り口を塞いでいる落石は非常に巨大で
火薬などの道具がなければ
取り除けそうにない。
つまり――魔族は鉱山に閉じ込められたのだ。
「冗談じゃない! こんなところに
閉じ込められるなんて、どうすれば――」
とその時、崩れた落石の向こう側から
気楽な調子で話す、男性の会話が聞こえてきた。
「うまいこと魔族を閉じ込められましたね。師匠」
「うむ。あとは本当に勇者が村に来たときに、
この鉱山の居場所を話せばいいだけだ。
魔族とセットで『オリハルコン』の捜索が
できるなんて完璧じゃないか」
「あと入り口を塞いでいる落石を除去するっていう
イベントも加わって、さらに武器の希少価値が高まりますよ」
「なんと素晴らしいか。今日は旨い酒が飲めそうだな」
「そうですね、師匠。じゃあ帰りましょうか」
そうして二人の男の声が遠ざかっていく。
話の内容はよく分からないが、
どうやら騙されたようだと気づいた魔族は
涙ながらに声を荒げた。
「まてまてまて! いくな! いかないでくれ!
こんなところに閉じ込められたくない!
俺は閉所恐怖症で暗所恐怖症なんだ!
頼む! 戻ってきてくれ! ここから出してくれ!
助けてくれ! お願いだ! 慈悲を――
慈悲をかけてくれえええええええ!」
魔族の声も虚しく、
男二人の声は徐々に遠ざかり――
「ところで勇者って、いつごろ来るんですかね?」
「さあな。早くて半年か、遅いなら数年先だろうな」
そんな残酷なつぶやきだけを残して
――消えた。
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