第6話 とある村の村長と村人たち
村長は悩ましげに首を傾げる。
「うーむ……どうしたものかな」
「どうしたものでしょう」
村長にならい、村長宅に集まった数人の
村人もまた首を傾げる。
「勇者様がこの村を尋ねるというのなら
記憶に残る村としたいものだがな」
「しかし村長、私達の村には特別な出来事……
つまりイベントというものがありませんが」
村人のいうイベントとは、つまり近くの祠で
魔族が封印されているだの、伝説の剣が突き刺さっているだの
そういったことだ。
「確かに……この村には特別なイベントはない。
だが千載一遇のチャンスだ。私は村長として
勇者様が尋ねるというこの機を、逃すことはできん」
「では、どうされるおつもりですか?」
村人からの問い。村長は一拍の間を開けて答える。
「ないなら作れば良い」
「作る……ですか?」
「ゆえに、君たちに集ってもらった。
いくつかイベント候補を上げてみたのでな
判断してみてはくれないか?」
村人が頷くのを確認し、
村長が手帳を取り出し、話し始める。
「では一つ目の候補だが……
どうだろうか、滅びの街というのは」
「滅び……ですか」
「うむ。魔族により壊滅させられた村だ。
魔族に蹂躙されボロボロとなりつつも、
生活感が残る町並みを見れば、
勇者様の記憶にもこの村のことが
さぞ強く残ることだろう」
得意げに話す村長に、
村人の一人がポツリという。
「……村長。それでは我々は
一度滅びなければならないということですか?」
「滅びの村だからな。当然だろう」
「いや……それはちょっと。
そろそろ野菜の収穫時期ですし
のんきに滅びている場合ではありません」
意外にも消極的な村人の態度に、
村長は肩を落とす。
「そうか……駄目か。
インパクトあるんだけどな……」
そう言いつつも、気持ちを入れ替えたのか
村長が手帳に視線を落とす。
「では……二つ目の候補だが、
こういうのはどうだろうか。
この村が勇者様生誕の村だというのは」
「生誕……つまり勇者様の故郷ということですか?」
「うむ。これはすごいぞ。周辺の村にもでかい顔ができるうえ、
勇者様がこの村に戻ってきたときは、故郷の懐かしさゆえ
感涙にむせび泣くことになるのだからな」
意気揚々と話す村長。だがやはり
村人の反応はイマイチだった。
「えっと……村長。私の記憶が正しければ……
この村は勇者様の故郷ではありません」
「む? それが何か問題か?」
「問題しかありません。故郷でない村を
故郷だと信じ込ませるのは無理があります」
「そうか? 勇者様はよくわからんが、
異世界から転生しただのと抜かしている、
ちょっと頭の残念な者なのだろう?
なんとかなりそうではないか?」
勇者に対し辛辣なことを述べる村長に、
村人がやんわりとたしなめる。
「確かに頭の弱そうなかんじですが、
さすがにそれを騙し切ることはできないと思います」
「ええい、あれも駄目これも駄目と……
これではまるで決まらぬではないか」
手帳に三度視線を落とし、
村長が口調を強くして言う。
「ならば、これでどうだ!
人気投票でも常に上位に来る
珠玉のイベント……
結婚イベントだ!」
「結婚イベント?」
「そうだ! この村の女性から勇者様が
ただ一人の妻を選び出す、あれだ!
どうだ! これならば勇者様の記憶にも残る上、
勇者様の第二の故郷としても間違いではあるまい!」
村人が思い悩むように首をひねる。
「……しかし、勇者様と縁のある人間は
この村にはいません。いきなり赤の他人と
結婚するでしょうか?」
「そんなもの、適当に出会いをでっち上げて
しまえばいいだろう! とある書物によれば、
食パンをくわえてタックルすれば、
大方恋愛に発展すると、そう記されておる!」
「村人の娘ということですが、年頃の娘は
ほとんどが他の村に嫁いで、この村に残っているのは
……言い方が悪いですが容姿に難がある、
売れ残りだけですぞ?」
「この際、なんでも構わん!
転生などと抜かすイカれた男だ!
女の趣味も悪いに違いない!」
「……しかし」
「ええい! 黙れ! もうこれしか手はないぞ!
下手な鉄砲も数を撃てば当たる! 我々も一致団結して
この結婚イベントを成功させるのだ!」
高々と拳を突き上げる村長に、村人が深いため息を付いた。
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例のごとく、勇者に化けた魔族が登場する。
「くっくっく。この姿で悪さをし、
勇者の悪評をたてて、気まずい思いをさせてやるわ」
子供向けのアニメに出て来る悪役のように、
志の低い目標を口にして、魔族が村に侵入する。
そして直後――
「あ、危ない――!」
声に反応して、魔族が振り返る。
そこには、ゴリラのような巨大な女が、
何故か食パンをくわえて、
こちらに突進してくる姿があった。
わけが分からず、魔族はそのゴリラ女に
跳ね飛ばされる。頭から地面に倒れ、
ゴキリと首が鳴った。
「あいたたた……ちょっと貴方!
どこみて歩いて――きゃあ!」
転倒した時にめくれたスカートを、
とっさに手で押さえるゴリラ女。
隠さずとも、そんなところを見てもいないし
そもそも首がまともに動かず、
視線を移動させることもできない。
と――
「あ……危ない」
先程のデジャブのようなセリフ。
瞬間、魔族は脇腹を蹴り上げられ
またも地面を跳ねた。
「あいたたた……ちょっと貴方!
どこみて歩いて――きゃあ!」
ゴリラ女と同じセリフで、同じ行動をしたのは
なぜか女装している老人だった。
食パンをくわえたまま、頬をほんのりと赤らめて
スカートを押さえる老人の姿は
見るに耐えるものではない。
さらに――
「あ……危ない」
倒れ込んだ魔族に、卍固めを仕掛ける、
女装した筋肉だるまの男が現れる。
「あ……危ない」
魔族の足を持ち、ブンブンと振り回す
女装したスキンヘッドの男。
「あ……危ない」
剣を振り回しながら迫りくる
女装した痩せすぎの男。
「あ……危ない」
「あ……危ない」
「あ……危ない」
「あ……危ない」
立て続けに現れる女装した男から、
攻撃を受け続ける魔族。
八人目に現れた
ツインテールのおっさんによる
パワーボムを受けた辺りで
魔族の意識は
途絶えてしまった。
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