第2話 とある村の入口付近で村の名前を言う人

「ようこそ。アイーウ村へ」


そう話した直後、青年は力なく膝をつく。


「くそ。ダメだ、こんなんじゃ。勇者様に快く村を知ってもらえない」


肩を落とす青年に、少女が心配そうに声をかける。


「根を詰めすぎては駄目よ。もう一週間もろくに寝てないじゃない」


「俺のことはいいんだ。君も聞いただろ。

せっかく勇者様がこの村の近くを旅しているんだぞ。

この田舎の村を勇者様に知ってもらうチャンスだ。

俺はこの村の名前をいうだけの役割だが、

決して手を抜く訳にはいかない」


そしてまた練習を何度も繰り返す。

アイーウ、アイーウ、アイーウ、アイーウ、アイーウ……


そして3日が過ぎ――

「ぐ、ごはっ!」


青年は口から血を吐き出した。


「くそ、喉が……やられちまった」


「もうやめて。あなたが死んでしまうわ」


「たとえ俺が死んだとしても……

勇者様にこの村の名前を覚えて貰えれば……それでいい」


そう話して、青年が立ち上がろうとしたところ――


「バカ!」


ぱちんと少女に頬を叩かれる。


「あなたがいつも一生懸命なのは知っている。

だけど、かんたんに死ぬだなんて口にしないで。

あなたが……あなたが死んでしまったら……

あたしはどうすればいいのよ!」


泣き出す少女に、青年は表情をはっとさせた。


「す……すまない。俺は自分のことばかりで……

君の気持ちを何も考えていなかったな」


「ううん、わかってくれればいいの」


「しかし……この役割を蔑ろにすることもできない……

俺は一体……どうすればいいんだ」


「一人で背負い込もうとしないで。私も手伝うから」


「本当かい?」


「うん。ちょうど知り合いに、魔王より強いんじゃね? 

って言われている魔法使いがいるから、その人にも協力してもらおうよ」


「そうか……ああ、それはいいな」



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「ここがアイーウ村か?」


アイーウ村の前に現れた男性。

彼は変化の魔法で人に化けた魔族だ。


「ふふふ、勇者がもうすぐこの村にやってくる。

村の中で待ち伏せし、不意をついてくれるわ」


魔族はほくそ笑み、村に入った。


直後――


急速に空が暗雲に包まれる。


「な……なんだ?」


呆然とする魔族。


暗雲で稲光が走る。

地面が大きく揺れ、各所に地割れが発生する。


突如、目の前の地面が隆起する。

せり上がった地面が、十メートルもの高さになる。


隆起した地面に、稲光が落ちる。

轟音とともに、眼前の隆起した地面が砕ける。


舞い上がる粉塵。その煙が晴れると

目の前に地面に突き刺さった、一振りの剣が現れる。


剣の柄に「引き抜いてください」と書いてある。

魔族は唖然としながらも、

その剣を指示通り引き抜いた。


すると剣は、突然まばゆい輝きを放ち、

光の粒子となり霧散する。


周囲に散った光の粒子が

また瞬く間に、眼前に集まる。

光の粒子が光の塊となり、

徐々に輪郭を形成する。


光の中から――

一人の男性が姿を現した。


「ようこそ。アイーウ村へ」


朗らかな笑みでそう話す男性を見て――


魔族はなんだか怖くなり、村から逃げ出した。

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