異世界はモブキャラの仕事でできている

管澤捻

第1話 とある国の王様と相談役

「王様……暇ですなあ」


「相談役……暇だなあ」


しばしの沈黙。

王様はぽんと手を打つ。


「よし、勇者を募集しよう」


「王様。以前に異世界から来たという、へんてこな者を勇者にしませんでしたか?」


「したなあ……でもいいじゃないか。勇者が二人いても」


「……そうですな。多くて困るものでもありませんものな」


「うむ。下手な鉄砲も数撃てば当たるだ」



====================


(ぐふふふ、これはチャンスだ)


残忍な笑みを浮かべる男。

彼は変化の魔法で人間になりすました魔族である。


(ここで勇者として認められれば、人間の社会に違和感なく溶け込むことができる)


そうすればいずれ、内部からその体制を破壊するチャンスも来るはずだ。


クックックと肩を揺らしながら

魔族は王座の間に入る。

まずは馬鹿な王に信用されなければならない。


(完璧な人間を振る舞ってやるぜ)


片膝をつき、頭を深々と垂れる。


「お目にかかれて光栄です。王様。

この度は、私のような者に機会を与えていただき、

感謝しております」


「うむ……お主の名は?」


「エリックと申します」


「一言でお主を表すとすると、なんとする?」


「さて……しかし私、人からは『正直者』とよくからかわれます」


「得意な武器は何か?」


「剣、槍、体術に至るまで、一通りは嗜んでおります。魔法も――」


――すべての答えで、人間が好みそうな回答をする。

これで完璧だ。そう考えていると――


「――うむ。君は素晴らしい人格者にして実力も申し分ないな」


「ありがとうございます」


「では、最終審査に移ることとしよう」


最終審査?


その話は聞いていなかった。


魔族がぽかんとしていると、

王のそばに控えていた銀髪の男が

手早く魔族に近寄り、

その体を荒縄でぐるぐると縛り付ける。


疑問符を浮かべる魔族。


銀髪男がさらにその縄に無数の鉄球をくくりつけ

魔族の眼の前にダイナマイトらしきものを置いて

導火線に火をつける。


銀髪の男がそそくさと王のそばに戻る。


意味のわからない魔族が首を傾げ

王に尋ねる。


「あの……これは一体?」


「うむこれが最終審査だ。

このダイナマイトに火がつく前に

なんとかして爆発から逃れてみよ」


「逃れ……え?」


ジジジと導火線の火が、徐々にダイナマイトに

近づいていく。その様子を見て、

ようやく魔族は半狂乱に声を荒げた。


「ちょ……ええ!? なんで!?

どういうことっすか! 逃れ……

こんな状態でできるわけないでしょ!!」


荒縄に縛られ、鉄球で拘束され、

その場から動くこともできない。


(まさか……魔族だということがバレていたのか!?)


驚愕する魔族に、王は淡々と言う。


「お主、勇者にとって一番重要なものがなにか

知っておるかな?」


「は? えっと、強さとか人望とか?」


「違う。勇者にとって重要なもの……

それは主人公補正だ!」


「主人公補正?」


「うむ。なんやかんやと助かったり

救ったりする、主人公特有の運こそが

まことに重要なのだ」


「……はあ」


「お主が勇者というのなら、その

主人公補正でこの状況を突破してみせよ」


(あ……この王様は馬鹿なんだ)


魔族はそれを理解した。

理解したが……現状は何も変わらない。


「いやあああああああ! え!? なんなの!

助けて!! 死にたくないいいいいい!」


「勇者ならなんとかしてみせよ」


「できるかい!! この状況で……

てか前の勇者は!? これをどうしたっての!?」


「えっと……どうしたかの?」


「確か王様……ラッキースケベ的な展開で助かりました」


「おお。そういえばそうだった」


ラッキースケベでどう助かるのか。


そう思う魔族だが、思案する時間など残されていない。


徐々にダイナマイトに近づく火。

残り時間は十秒もない。


魔族の全身に恐怖が満ちる。

そしてその瞬間――


魔族は火事場の馬鹿力を引き出した。


「ぬうううりやああああああ!」


荒縄を強引に引きちぎると、

魔族はダイナマイトに駆け寄り、

導火線を噛みちぎった。


「おお」


王と銀髪男がパチパチと手を鳴らす。


「ふ……ふふふ……やった……

俺は……俺はやったぞおおおおおお!」


ついに勇者として認められた。

魔族はそれを確信して両手を高々と持ち上げた。


――が


「ちょっと失礼」


噛みちぎった導火線の先に、

銀髪男が火をつける。


「……へ?」


魔族が疑問を抱いた、

その直後――



あっさりとダイナマイトが爆発した。




黒焦げになった魔族。


一緒にダイナマイトの爆発に

巻き込まれたはずなのに

なぜか平然と立っている銀髪の男。


命の灯火が消えそうな

魔族は最期の力を振り絞り――


「……なんで?」


そう尋ねた。


王様が仰々しく頷く。


「あれ、主人公補正じゃなくて

ただの力づくじゃん。だからノーカン」


「……ノーカン」


「残念ながらお主は主人公補正のない

ただの一般人……つまり」


王様が瞳をキラリと輝かせる。


「モブキャラということだ。残念だったな」


その言葉を聞いて――


魔族はぽっくりと絶命した。

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