第5話
初日こそ、私たちはアテネの中心部にある比較的大きなホテルを予約しており、エキストラベッドを使って一室三人という形で泊まったのだが、次の宿泊地のクレタ島では、日本で言うと民宿みたいなところに、文字通りアポなし突撃した。
男三人が楽しそうに、オフシーズンのギリシャでどこまで宿泊代を値切れるか試しにかかる。どこも、ほかに宿泊客がいないかと思うほど閑散として、宿主もこちらの拙い英語による交渉にとことんつき合ってくれてるようだった。
そして、困ったことになった。
ツインの部屋を二つ取ったということで、またじゃんけんで部屋割りの組み合わせを決めるというのだ。もはや、私は女扱いはされていない。私もそのつもりで来ていたのだが、そのつもりじゃないヤツが一人混じっていることを、私は知ってしまっている。
かと言って、言い出せるわけもなく。
ドキドキしながらじゃんけん。
ラッキーなことに、その日は私と緒方が相部屋になった。
寝る時間まで、片方の部屋に四人で集まって酒盛りをし、いろんなことをしゃべり合った。緒方が関西の大学に行っているということで、ご当地情報を聞かせてくれ、こっちはこっちでご当地あるあるを面白おかしく披露し、お互いの個人的な話もしながら夜は更けていった。
途中、かわりばんこに使っていたシャワーブースのお湯が、最後は水しか出なくなったと坂本が悲愴な顔をして出てきたのはご愛嬌だった。
***
翌日、私は新田だけが離れた隙をみて、坂本に懇願した。
「今夜また、部屋割りじゃんけんをするのは勘弁してほしい」
そう言って、事情を全部話した。
坂本は驚いて、「わかった。なんとかする。それと、もしほかにも何かあったら、俺に言え」と言ってくれた。そばで聞いていた緒方が「君らはさ、そういうのを超越した関係なんだと思っていたよ」と、半ば愉快そうに言う。
「私だって、そう思ってたけど……」と口ごもると、坂本は不思議そうに呟いた。
「今だから言うけど、俺が最初に北沢さんもいっしょに来ていいよって言ったじゃん。そのあと北沢さんがいなくなってから、あいつさ、『本当に大丈夫ですか? 俺はちょっとイヤだな』って反対してたんだよ。だから、俺が責任持つからって言ったんだけど。それなのに、何だよ、それ」
まったくだ。何だよ、それ。楽しいはずの旅行が台無しだ。
あとからお邪魔したくせに、私はそんなことを思って憤慨していた。その後の部屋割りじゃんけんは、あらかじめ出す手を打ち合わせておいて、新田と私が相部屋になることがないようにしてくれた。
***
いま思えば、私はなんてイヤなヤツだったのか。
それからの旅行は、思った以上に楽しかったのだ。
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