第5話

「俺はさっき、床に落ちているミカンの皮で滑って転びました。閉店後の食堂にゴミが落ちているのはどう考えてもおかしいです。よってあのミカンの皮は、犯人が落としていった証拠品に違いありません。きっと犯行前に英気を養うために、厨房の冷蔵庫からこっそり取り出して盗み食いしたのでしょう!」


 意気揚々と語ってみたものの、三人の反応はイマイチだった。


「盗み食い…?つまり犯人はお前か?」


 恭也が疑わし気に彰人を見る。


「は?!いきなり何を――――」


「盗むのはお前の専売特許だろう?何が“英気を養う”だ。ただ空腹に耐えきれずに盗み食いしただけだろう」


「そっ…そんなワケあるか!俺は盗み食いもしてないし、昌彰さんを襲った犯人でもない!」


「どうだかな」


 恭也は震棒を手に、一歩ずつ彰人に詰め寄って行った。


「正直に言えよ。冷蔵庫のミカン、何個盗んだんだ?」


「だから俺じゃないって言ってるだろ!」


「あっ…彰人くん……!」


 ふいに怜が彰人の手を取り、色っぽく瞳をうるませた。


「そんなに飢えているのなら……僕のを……」


「ま…間に合ってます…」


「おい、今はバナナの話じゃなくてミカンだろ」


 苛立たしげに言い放ち、厨房の冷蔵庫を見やる恭也。


「コイツがミカンを何個盗んだか、確認しようぜ」


(個数ってそんな重要か…?)


「わかった、見てみよう」


 オーナーである怜が代表して庫内を調べ始めた。


 数分後、アッと驚嘆の声が漏れる。


「なんてことだ…。冷凍庫に入れておいた十個入りのミカンがなくなっている…!」


 刹那、彰人はハッと閃いた。


「そうか!きっとそれが凶器だ!」


「冷凍ミカンが凶器…?そんなふざけた話があるか」


 恭也はふんと鼻を鳴らした。


「だけど、あり得ない話じゃないわ」


 考え深げに佳月が言う。


「もしかすると証拠を隠滅するためにミカンを食べたのかも…」


「だとすると――――」


 今度は怜が口を開く。


「犯人は今も必死でミカンを食べ続けているんじゃないのかな」


 一同は顔を見合わせた。


「ひ……ひまりん…」


 昌彰のうわ言が厨房内に響く。


 彰人は昼間食堂で感じた気味の悪い視線のことを思い出した。

 

 あの視線の正体は昌彰だろう。


 だが、ロックオンされていたのは彰人ではなかったようだ。


「全部わかったぞ!」


 彰人は声を張り上げた。


「犯人は“ひまりん”だ!そうでしょう、昌彰さん?」


 昌彰はようやく目を覚まし、上体を起こして眼鏡を掛け直した。


「ああ……そうだ。私はひまりんに、ネット詰めの冷凍ミカンでぶん殴られた…」


 彰人は勝ち誇ったように笑みを浮かべ、厨房を出て声高に呼びかけた。


「さぁ、ひまりん!君の犯行はバレたぞ!いい加減姿を現すんだ!」


 ほどなくして、食堂の入口のドアがゆっくりと開かれた。

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