第38話 冥界
僕とベルは冥界に来ていた。
魔王との決戦前に冥王ハーデスと面会するためだ。
ハーデスは僕達サイドの神だ。現在の奈落の様子を最もよく知る、神でもある。
「ハーデス久しぶり!」
ベルはいつもの軽いノリでハーデスと挨拶を交わす。
「久しぶりだねベル、君は相変わらずだね」
「ハーデス……」
「お久しぶりです父上、ご健勝そうでなによりです」
そうハーデスは僕とユイリの子なのだ。
「ハーデス、僕は君に謝らないといけない」
「どうしてですか?」
「相変わらず意地悪だなハーデスは……」
「何のことでしょうか?」
「君が正しかった。レオフェンは6層にするべきではなかった」
僕が記憶を取り戻す前に感じた疑念。
なぜ世界を6層にする必要があったかについてだ。
記憶を取り戻して分かったのだが、神々の中で唯一、ハーデスだけが反対していた。
当時の僕は、人の意見なんて聞く耳も持っていなかったのでハーデスの意見を一蹴した。
混迷する世界のなかで、横割りで6つにするならともかく、縦割りで6にするのは、リスク以外の何者でもないと言うのが彼の考えだ。
今の僕と同じ考えだ。当時のクロノスは何も考えていなかったのかもしれない。だが、これも結果論だ。6層の重みだからこそ結界は維持できたのかもしれない。
しかし、今の僕なら、封印なんてリスクが残る回避策は取らない、今の知識があれば、幾ら強大な神でも葬る手段はある。
「父上……」
「正直ね、僕はそこまで深い考えがあったわけじゃなかったと思うんだ……だから僕は異界の天使を討った暁には、ウラノスを滅して世界を2層に戻そうと思う」
「おおお!」
「力を貸してほしい」
「もちろんですよ父上」
「しかし、あの父上がここまで変わるとは……私は正直夢でも見ているようです」
「僕は傲慢だったね……今は君の言っていた、言葉一つ一つが胸に刺さるよ」
「父上……私はこの時を待っていたような気がします」
「おい、私を置いて、いつまで2人で盛り上げってんだよ」
「あ、ベル悪い」
「ハーデスこの話はまた後日ゆっくりと」
「はい」
「今聞きたいのは奈落のことなんだ」
「奈落ですか……正直芳しく無いですね。私の結界もいつまで持つかと言うところです」
「そうか……」
「もう修復しましたが、結界の一部が破壊され、魔界と奈落でなんらかのやりとりが有ったのを確認しています」
「ゲートで地上にアバドンが攻めてきた。その辺りも関連しているのだろうな」
「俺が主神様と壊したゲートか?」
「そうだ、そのゲードだ」
「ゲートをつないでいたのですか……」
「なあ、僕の考えを言っていいか?」
「もちろんです」
「僕はタルタロスが裏切るとは思えないんだ」
「それは?」
「アバドンがな、自分のことを奈落の魔王と言っていた。奈落の王は言うまでもなくタルタロスだ。もしかしてウラノスの結界の一部が壊れて、タルタロスの身に何かあったんじゃないか?」
「……確かに……」
「だろ? だから僕は奈落に乗り込もうと思っている」
「父上……まさかベルと2人でですか?」
「いや、僕1人だ、ベルには開いた結界を守ってもらう、兵を貸してもらえるか?」
「おい! オヤジそれは聞いてないぞ!」
「いやでも、開いた結界を守る重要な役割だぞ? そこを閉ざすと、万が一に備えられないじゃないか」
「うぅぅぅぅぅぅぅぅ」
「お前だから頼めるんだぞ?」
「わ……わかったよ」
「いい子だ」
ベルの頭を撫でてあげた。
「兵の件とベルの件は分かります。しかし父上1人で行くのは無茶だ、いくら父上でも……危険すぎます」
「ハーデス、これは僕は奢りで言ってるのではないよ?」
「しかし……」
「一つ確信があるんだよ」
「それは?……」
「奈落の兵はアンデッドだった」
「な! アンデッド!?」
「僕は奈落の兵10万とアバドンを1人で滅ぼした。それはアンデッドだったからだよ」
「アンデッドは驚異ではありますが、確かに父上の前では無力ですね……」
「偵察を兼ねて行ってくる、危険なら時間を巻き戻す」
「父上……それはずるい」
「これは僕だけの特権だからな、念のために少し前の時間を記憶している」
「失礼ですが、本当に父上ですか?」
「え? なぜ?」
「父上がこんなに思慮深いだなんて……違和感しかなくて」
「そんなに酷かったのか?」
「まず、こんなに喋らない方でした。本当に何を考えているのか分かりませんでした」
「……何も考えていなかったのかもな……」
「女癖の悪さは前のオヤジ以上だぞ」
「なんと!」「え」
「前の父上以上……それは恐ろしい……」
「いやハーデス間に受けないでね? 僕はまだ誰にも手を出していないから」
「オヤジはフラグ立てすぎなんだよ」
「そんなつもりは……」
「無自覚だからタチが悪いんだよ……学園の女子は殆どオヤジに惚れてんだぞ?」
「な……」
「ほらみろ、気付いてなかったんだろ?」
「なんでそうなった?!」
「あれだけの活躍をしておいて、誰にでも分け隔てなく優しい、おまけに高身長で面もいい」
「惚れない要素がないだろ?」
「ちょっと待てベル、学園ってまさか父上が?」
「そうだよ、何の酔狂か知らねーが、人間の学園に通ってやがんだよ」
「いやいやいやいやいやいや、ちゃんと理由あるからね!」
「最初は自分がクロノスだってことも知らなかったし、この世界で身寄りもなかったし不安だったんだよ? そもそもベルが僕をボコったのが切っ掛けだからね?」
「え、そうだったの?」
「ベルお前……父上を……」
「そうだよ、あの後、気を失って、魔法学園の生徒に介抱されたのが切っ掛けだったんだからな」
「う……でも、姉貴に色目使ってたオヤジが悪りーんだよ!」
「色目って……」
「何、娘にまで手だそうとしてんだよ! 俺にもキスしやがって!」
「父上……」
「いやいやいやいやいや、あれはベルからだったよね?」
「父上……そろそろ泥仕合は……」
「あっ……」
「ある意味安心しました! 本質的に父上は変わっておられませんね!」
「いや、それは……」
何だか釈然としなかったが、話せば話すほど、深みにハマりそうだったので、言葉を飲むことにした。
この鬱憤は奈落で無双することで晴らす! と考える辺りが、僕の本質かもしれない。
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