第37話 神界

 ユイリに連れられて神界にやって来た。


 神界は一言で言えば真っ白な世界だ。


 真っ白な世界の中に時計台と僕たちの家が一軒あるのみだ。


「殺風景というか……シンプルですね」


「アル、あなたはミニマリストだったのですよ?」


「そうなんですね……」


「今と同じで女の子は常にはべらせていましいたけどね」


「え……」


「さ、久しぶりの我が家ですね」


「なんかくるものがあります」


 家の中も殺風景だった。玄関ロビーには3つの部屋への入り口があるのみだった。ユイリに先導され、右側の部屋に入るとクイーンサイズのベッドのみが置いてあった。


「本当に何もないですね……」


「必要なものは必要な時に作るのがあなたの主義でしたからね。アルも銃や衣類を作っていましたよね?」


「そうですね」


「あなたは、物作りが好きでしたよ」


「なんとなくそんな気がしてました」


「さあ、アル体の力を抜いてください」


「ユイリ……」


 この後は、僕の想像通りの展開だった。


 ユイリの神力で癒されていくことがわかった。


 ユイリの言う通り、僕の神格は相当傷ついていたようだ。


 ユイリとの交わりで滝のように記憶が流れ込む。


 クロノスとして生きた記憶、蒼井有あおいあるとして生きた記憶。


 僕はついに自分を取り戻した。



「ユイリ……ありがとう、おかげで全て思い出した」


「おかえりなさい」


「あは、ただいま」


「僕は、アル・クロノスと名乗るよ……クロノスの名前は捨てられない」


「では私も、ユイリ・レイアと名乗ります。レイアはあなたとの思い出の名前ですから私も捨てられません」



「ノルンのことはお任せしますね」


「あっ……ああ」


「如何されましたか?」


「いや、人間として過ごしたことで、感覚がちょっと人間ぽくなってね」


「今更でしょう……あなたの女性問題は今も昔も変わってませんよ」


「わかった『責任』ってやつも取っていかないとな」


「これ以上は増やさないでくださいね、私も人間としての感覚があるので」


 ユイリは膨れっ面になった。ヤキモチだ!


「わ……わかった」


「ユイリ、魔王との対決の前に冥界と奈落に行ってくる。同じ轍を踏まないためにも、後顧の憂いは絶っておきたい」


「私は残った方がいいのですよね」


「そうだな」


 僕は、時計のウィンドウを展開させ、今の時間を保存した。

 万が一に備え時間を巻き戻すためだ。クロノスとしての記憶が戻ったことで時間を操作できるようなった。


 時間を止めることもできるのだが、相当な神力を消費するので余程のことがない限りは使えない。ちなみに消耗していても使えない。



「ユイリ、僕のいない間、地上を頼む」


「お一人で行かれるのですか? せめてベルだけでも連れて行ってください?」


「そうだな、ベルを連れていくよ」


「後、子ども達や仲間にも、ちゃんと話してから行ってください。皆んな心配しているのですよ? アルの悪い癖です。」


「あ……そうだね」


「寮には……今戻るとアンナに大目玉を食らってしまいますね」

 深夜の4時だった。


「あは……記憶を思い出してもアンナ先生は怖いや」


「そんな失礼なことは言っちゃダメです。アルが不誠実なだけなんですから」


「う……気をつけるよ」


「まず、子ども達に報告しましょう。本当に長い間、不安にさせていましたから」


「そうだな」


 僕とユイリは世界樹内部に移動すると、リビングにあたる部屋に3人とも揃っていた。


「「ただいま」」


「「「おかえりなさい」」」


「みんなそろってたんだ?」


「父さまと、主神さまの神格が復活したのを感じたのです」


「そっかそっか」


「父さま……本当によかったです」


「ウルドには特に心配かけたな、長女としてよく頑張ってくれた」


「オヤジィィィィィ」

 ベルが泣きながら抱きついて来た。


「ま、お前が1番子どもだからそうなるよな」


「主神さまもご健勝で何よりです」


「ありがとうウルド」


「主神さまお名前わかったですか?」


「あ、レイアでした」


「美しいお名前です」


「ありがとう、でも真名を変えましたよ」


「そうなんですね」


「僕がアル・クロノス」


「私はユイリ・レイア」


「神の名も人間の名も引き継ぐことにしたよ」


「良いお考えですね」


「ところで、ベル」


「ん、なんだ?」


「僕は冥界と奈落に向かう、ついて来てくれ」


「おう、任せとけ」


「場合によっては戦いになるだろうからそのつもりで」


「俺向きのミッションだな」


「学園の仲間にも報告してから向かうよ、それまではゆっくりしておいてくれ」


「了解だ」


 僕とユイリは、アンナ先生に怒られることを承知で、寮のリビングに戻った。


 部屋の匂いから察するに、皆んなでお酒を飲んでいたようだ。やっぱり心配をかけたのだろう……皆んなは、そのまま雑魚寝していた。


「やっぱり心配かけたのかな?」


「そうみたいですね」


「ユイリが一緒だから、そうでもなかったわよ」


「アンナ、起きてたの?」


「ううん、今起きたところよ」


「アンナ先生おはよう」


「おはよう、みんなでアルの悪口で盛り上がってたわ」


「えぇぇぇぇぇ……」


「アンナ……その」


「戻ったのね?」


「ええ、アルもです」


「すべて思い出したよ君のことも」


「2人だけで、ズルいなぁ」


「ごめんねアンナ先生、もう少しだけ待ってもらうことになるよ」


「それは?」


「冥界と奈落に行ってくる、場合によっては奈落は討伐する」


「い……いきなりスケールの大きい話ね……」


「後顧の憂いは絶っておきたいからね、みんなに報告したら出発するよ」



 ——僕は朝一でみんなに集まってもらい、これまでのこと、そしてこれからのことを話した。


 ユイリ、アンナ先生、レイラの言った通り、皆んなに与えた衝撃は相当なものだった。


 そりゃクラスメイトにいきなり『実は僕神様だったんだ、しかもこの世界を創ったのは僕だよ』なんて言われたら驚くのも当然だ。僕が逆の立場でもきっと驚く。

 

 出来てしまった距離感に『知らなかった方が良かった』のかも知れないと思ったが、黙っていることの方が残酷だと僕は考える。


 今までにも散々衝撃を与えてきた僕だけど、英雄と神ではその度合いは違った。全てが終わった後にアフターケアするのも僕の責任だと感じている。


 僕は神であっても人間としてみんなと同じ時間を過ごしたのだから。

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