第16話 チキン野郎
アンナ先生のおっぱいの余韻で悶々とした夜を過ごした僕は、朝日が射し込むこの時間になって、ようやく睡魔に襲われた。
アンナ先生襲来の前に少し眠っていたので完徹ではないが、初登校と言うこともあり、先生が起きてくるまで少し眠っておこうかと思っていた。
「ガチャ」
「アルくん、おはようございます」
アンナ先生は朝が早いようだ。
「アンナ先生、おは!!………あ………」
眠気はすぐに吹き飛んだ。
そして僕は言葉を失った。
アンナ先生は、その身に何もまとっていなかった。
この後なんと思われてもいい、僕は無言でガン見した。脳内メモリに鮮明に記録するためだ。
「あれ、どうしたの?」
先生は自分のあられもない姿に気付いていないようだ。
もう少し、この至福の時を楽しみたかったが、先生に教えて差し上げた。
「先生……服……」
「ッッッッッッッッッッッッッッ!」
先生は何事もなかったかのようにスタスタと自室に戻って行った。
朝から強すぎる刺激だ。
「アルくん、おはよう!」
アンナ先生は何も無かったことにするようだ。
「おはようございます」
「昨日アルくんに制服渡すのすっかり忘れてまして、その……アルくんの寝室に置いてますので……」
なるほど、制服を渡しに来てそのまま寝ちゃったんですね。ここは空気を読んで何もつっこまずにおこう。
「わかりました」
アンナ先生が僕の隣に座る。
「アルくんって噂通りチキン野郎ですね」
「え……」
「だって、さっきもそうだったけど、あの状況で何もしかなったでしょ?」
「そ…それは…」
「しかも、むっつり、なかりむっつりだね」
「……僕としては表に出してると思うのですが……」
「起きてたのに何も言わないで私の胸に顔をうずめてたでしょ?さっきもすごくガン見してたし……」
(た、確かに……)
「ほら、今も何も言わないでしょ?」
「ま、まあ」
「何が、まあなの?」
「…………」
僕がおし黙っているとアンナ先生はさらに続けた。
「私が話さなかったら、何も無かった事にするつもりだったんでしょ?」
「いや、それは…」
アンナ先生は、何も無かった事にするつもりはないようだ。僕は空気を読み誤ったようだ。
「それは何?」
「きちんと私に話してくれるつもりだった?」
「ごめんなさい…アンナ先生…有耶無耶にしてたと思います」
「それはいいの、私が悪いんだし」
もう、わけがわからない。
「ただ、これからもある事だと思うの。アルくんはこれから色んな意味で注目されていくんだから」
「はい……」
「私が言いたいのは、こういうケースも想定して行動してねってこと」
「はい……」
耳が痛い。
「それと…」
「ちゃんとむっつりだと認めなさい!」
これは認める以外の選択肢は無い。
「はい……認めます」
「先生からは以上です」
朝から天国と地獄を味わってしまった。この世界に来て、不条理を蹂躙できるような巨大な力を手に入れて、僕は少し驕っていたのかも知れない。
きっかけはあれだけど……いい意味で喝が入った。
「ねえ、アルくん」
「はい」
「それはそれとして、私ってそんなに魅力ない?」
「えっ」
「いくらアルくんがチキンでもあの状況で何もないって、女としての自信が……」
「違うんですアンナ先生……
うまく言えないんですけど…僕ごときが恐れ多いって精神が働いて躊躇してしまうんです!」
「ちょっとウケる、何それ?意外な答えね」
「というと?」
「どうせまた、好きでも無い人を抱くなんて〜みたいな青臭いこと言われるのかと思ってました」
「まあ、そういった気持ちも1mmぐらいはあります……
でも僕は魅力的な女性はそう言うの関係なしに抱きたいって思います!」
今、最低なこと言っている自覚はある。
「うーん、魅力的な女性は抱きたい、でも恐れ多いんでしょ?何かちぐはぐね」
そう、ちぐはぐだ……僕がこの世界で行動するようになってから、常に自分自身に感じていた違和感だ。
騒がれたくないのに、騒ぎに首を突っ込む。目立ちたくないのに、目立つような行動をとる。
僕の行動には一貫性がない…てもそれは……
何故か僕の頬に涙がつたった。悔しかったのか、寂しかったのか、怖かったのか、感情がごっちゃになってしまった。
「あれ、……おかしいな、なんでだろ?」
「アルくん?…」
「先生の言う通り僕は、ちぐはぐですね……それでもってチキン野郎です。
きっと先生が思っているよりも……
有(アル)なんて名前のくせに、僕には何も無いんです……」
違う……こんなことを言いたいんじゃない…
「…アルくん…」
「ここに来てから、アオイ アルです。名前はアルですって言う度にいつも思っていました」
「アルって誰?」
「ここが何処かもわからない、自分が何者かもわからない、何をすればいいのかもわからない、そんな僕が臆病でいることが……悪いことなんですか?」
何を言ってるんだ僕は……アンナ先生にぶつけていい感情じゃない。
でも、僕は涙が止まらなかった。
アンナ先生はそんな僕を優しく抱きしめてくれた。
「アルくんなんか、ごめんね」
僕は何で先生にこんなこと言ってしまったんだろう。
アンナ先生のおっぱいがきっかけで、こんな展開になるとは夢にも思ってみなかった。
アンナ先生のおっぱいがトリガーになって僕の感情が、堰を切ったように溢れ出した。
やっぱ、おっぱいは偉大だ。
「ごめんなさい先生…もう大丈夫です」
「無理しないでいいのよ」
「………ありがとうございます……」
本当なら出会って間もない人に、こんな姿を見せるのはどうかと思う。でも僕には出会って間もない人しかいない。
「アンナ先生ありがとうございます。今は話せませんが、いずれきちんと話します」
「話してくれないんだ…なんかさみしい」
「だって、先生」
「そろそろ登校の時間……」
「あああああああああああっ!」
「相部屋の男女二人が、揃って遅刻とか普通にマズイですよ!」
「私、先に洗面使わせてもらいますね!」
僕と先生は慌ただしく身支度を整え、ギリギリだったがなんとか遅刻は回避した。
初登校ということもあり、僕は始業まで職員室で待機している。
「おはようアル」
学園長が挨拶をかわしてくれた。
「学園長おはようございます」
「時間ギリギリだったな、間違いでも起こったか?」
「な、な、何もないですよ!」
ベタに動揺してしまった。
「フフフ、授業に差し支えないようにな」
「だから何も!」
「えーあれを何も無かったっていうの?」
アンナ先生が話に乗っかってきた。
「アル、私に感謝しろよ」
「だから違いますって!」
「何が違うの?」
「い……いえ…」
「フフフまあいい、おいおい聞かせてくれ。
それはそうと今日は全校実習を行う、君はアンナ先生の傍で見学し色々と教えてもらうといい」
「全校生徒で実習ですか?」
「そうだ、魔法は個人戦ではなく団体戦だからな」
「なるほど」
「それに今日は特別講師も呼んでいる。楽しみにしておけ」
「え、あ、はい」
学園長が言うとなんだか不安だ。
「さあ教室に行って、アルくんをクラスメイトに紹介しましょうか」
「もう泣かないでね」
「え」
事実だけど何てこと言うんですか!
「なんだ君は、アンナ先生に泣かされたのか?」
「私の胸でギャン泣きでしたよ」
「えええええ」
普通2人の秘密とかですよね!
「君は役得だな、では後ほど」
学園長のご慧眼がすごすぎる。
「今朝のガン見のお返しです。あれは絶対ダメだからね!」
「は…はい……海より深く反省します」
「これからも悪いことしたら自分に返ってくるよ?」
「はい……今後同じことが起こらないように善処します」
そんなやりとりをしている間に教室についた。
「はいはい皆さんいいですか」
なんで鉄也なんだ。
「皆んな知っていると思うけど、今日からクラスメイトになるアオイ アルくんです」
「今日からこの学園でお世話になることになりました、アオイ アルです。アルが名前です」
「とりあえず、席はメイさんの隣でいいかな」
メイさんが同じクラスにだった。アウェイ感漂う中で知り合いがいるのは心強い。
「よろしく、チキん……後輩」
これ以上チキン野郎が広まらないようにしないと、心がもちそうもない。
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