第5話 勇者ユイリ
ウルド様に見送られらた僕は、世界樹のあるユグドラシルの森から南下した位置にある『テレキャス』の街を目指した。ちなみにユグドラシルの森は、地図上の大陸中央より、やや北西に位置している。
地図上では、そんなに遠くに感じられないユグドラシルの森とテレキャスの距離も、歩くとなると結構大変だ。50km以上はあると思われる。
日本は交通網が整備されているので、50km程度の移動ならあっという間だが、こちらの世界には日本のような移動手段がない、この世界で暮らしていく上で移動手段の確保は今後の課題かもしれない。
このペースだと街への到着は深夜になる。
空でも飛べれば別なんだけど。
(……)
(……空か……)
この世界に来てからありえないこと続きの僕は、何だか空を飛べるような気になっていた。とりあえず試してみる。
(飛行)
体が宙に浮いた。
(予想通り!)
とは言え、理由もなく空を飛べるのは流石にあり得ないだろうと思い、スキルを確認した。
(スキル確認)
『飛行』
『熱風』
『神の雷』
『神風』
『瘴気』
『念話』
『結界』
7つのスキルが追加されていた。
これはあくまでも僕の推測なのだけれども……
パズズは魔神、つまり神だ。前の世界の物語では定番だった『神殺し達成』でパズズのスキルを簒奪したのだと思う。
『念話』も試してみたいので、事の真意をウルド様に確認してみた。
『ウルド様』
『はいはい』
『さっきぶりです!』
『実は空を飛べるようになりました!』
『……』
『はいーーーー?』
僕はつぶさに状況を説明した。
『アル様はやっぱり人間じゃないかもしれませんね……アル様の推測通り神殺しによる簒奪だと思います。神を滅ぼすとその神の権能が討伐者に引き継がれると言うのを聞いたことがあります』
との事だった。
この後、僕とウルド様は他愛のない会話を繰り返し。お互いのことを『ウルド』『アル』と呼び合うようになった。
ちなみに『女神の加護』によって得た、もう一つのスキル『結界』は、あらゆる攻撃から身を防ぐ『防御結界』あらゆる存在から身を隠す『隠密結界』など効果を指定して展開できるチートスキルだった。
空を飛ぶのは目が乾くことを除けばすごく快適だ。状況が落ち着いたら『創造』でゴーグルでも作ろう。今は速度にして40kmほどだがまだまだ余裕がある。このペースでも1時間ちょいで到着するだろうから無理に焦る必要は無い。
そんなことを考えているうちにユグドラシルの森の出口に差し掛かった。
前方で黒煙が上がっている。
(あぁ……パズズ軍主力と勇者軍の衝突か)
その光景を見てパズズの台詞を思い出した。
万単位の軍と軍のぶつかり合いは純粋に凄い、映画でしか見たことのないこの光景に僕の心は躍る。そこで行われているのは殺し合いなのだから、こんな風に感じるのは不謹慎極まりない。戦っている当事者には間違っても言えない。
戦況は勇者軍の方が押しているように見える。しかし、注意深く探るとパズズ軍中央部に不自然な囲みがある。
この囲みの中心はおそらく勇者だ。囲んでいるのは明らかに強そうな魔物とパズズ軍指揮官。
パズズ軍は勇者の無力化を最優先しているのだろう。軍を犠牲にしてでも勇者だけは確実に仕留める。戦の事を知らない僕にでも感じ取る事が出来る、パズズ軍の執念だ。
パズズ軍の精鋭相手に勇者は奮戦しているが、この数は流石に無理だろう。長くは持たなさそうだ。
僕は速度を上げ勇者を認識できる位置まで移動し、勇者の元へテレポートした。
危なかった、勇者のブロンドの髪は赤く染まり、満身創痍で立っているのがやっとって状態だ。
「助太刀します!」
勇者に一声かけて、囲みを手当たり次第擬似ビームガンで駆逐する。
「ど……どなたか知りませんが、感謝します」
勇者から力ない声が返ってくる。
僕は周りの敵だけでも殲滅して、勇者を伴い早々にこの場を離脱するつもりだった。
しかし、もう戦えないだろうと思っていた勇者の青い瞳に光が宿り、勇者の全身が聖なる光に包まれる。そして勇者はパズズ軍指揮官に斬りかかる。
(え!)
勇者はまだ諦めてなかった。僕は勇者の底力に驚きを隠せなかった。
期せずして、勇者とパズズ軍指揮官との一騎討ちが始まった。両者が一合交えるごとに大気が震える。
虫の息ってところまで追い詰められていたはずなのに……
勇者は化け物だ。
しかしパズズ軍指揮官もなかなかの使い手だ、主力を任されることだけはある。
せめて両者の一騎討ちに邪魔者が介入しないよう、僕は全力でサポートする。しかしこの一騎討ち、長引けば長引くほど勇者が不利になる。勇者は本当なら戦えるコンディションではないのだから。
そんな事を考えていると両者が間を嫌ってか、互いに牽制しあっていた。先に動いたのは勇者だった、勇者を包む聖なる光の輝きがさらに増す。勇者は素早く距離を詰め、パズズ軍指揮官に全身全霊の一撃を放つ。
パズズ軍指揮官は、勇者のそれに一瞬反応が遅れた。
勝ったのは勇者だ。
静寂が、戦場をつつむ。
そして勇者が声高らかに告げる。
「敵将ラバスは、勇者ユイリが打ち取った!!!!」
『『うおぉぉぉぉぉぉぉーーーー!!!!!!』』
大勢が決した。勇者軍の士気が上がる。
とは言え、まだ戦闘は継続している。そして勇者と僕は敵軍の真っ只中に孤立している。
流石の勇者もその場にへたり込んだ。限界を迎えたようだ。
その隙に、敵兵が一斉に勇者に襲いかかる。
僕は再度、勇者の前にテレポートし擬似ビームガンで敵兵を殲滅する。
「勇者様!」
「は……はい!」
「離脱します。ちょっと失礼します」
ストレージにビームガンを収納し勇者を両手で抱きかかえる。お姫様抱っこだ。
「ひゃぁぁ」
『神の剣』
『結界』
ウルド様の『防御結界』を貼り『神の剣』で突破口を開き、勇者軍陣営に大ジャンプした。
間近でみると酷い傷だ。このままだとまずい。
『神の癒し』
勇者の傷を治療する。
勇者は何が起こったかわからず、ただただ狼狽している。
無事、勇者陣営に降り立つことができた。周りがざわめく。
頬をあからめて勇者が僕に話しかける。
「あのぉ……
ありがとうございます……
もう、大丈夫なので…
お……下ろして、いただけませんか」
お姫様抱っこのままだった。
「あっ、すみません」
僕も慣れないことをしたので、下ろすことをすっかり忘れていた。周囲のざわめきが増す。
なんかバツが悪いし面倒なことになっても嫌なので、この場を立ち去ることにした。
「じゃ、僕はこれで!」
「あっ!待ってください!」
勇者の引き止める声に気付いたが、大ジャンプで戦線に復帰し、適当に少し戦ってから、ユグドラシルの森手前にテレポートした。
僕は『隠密結界』を張り少し戦場を迂回して『テレキャス』を目指す事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます