第4話 女神ウルド

 瘴気の発生源が消滅し、程なく浄化も終わったようなので僕は神威を解いた。自然破壊に至ってなくて一安心だ。


 パズズとの戦闘は瞬く間に終わったのだが、内容はそれに比例しないので消耗は激しい。とりあえず僕は目を閉じ、世界樹にもたれ体を休める。


(はぁ〜これから、どうするかなぁ……

これって絶対、異世界転生だよなぁ………

つか、どうやって暮らしていこう……

仕事……

仮に職にありつけたとして、給料は日給なのかな?

月給だったら詰むよなぁ……)


「世界樹を救っていただいて、ありがとうございます」


(身分証とかいるのかなぁ?

もし必要なら、どうすればいいのかなぁ……

そもそも、僕の身分ってどうやって証明するんだろう……

着るものはオート洗浄で清潔感を維持できるけど

さすがに風呂は入らないと僕が臭いよなぁ……

住む場所は……

住み込みとかあるのかなぁ………)


「あのぉ……」


(ダメだ、考えることが多すぎる!

一旦、頭の中を整理だ!

目的は衣食住。

これを安定させないことには、はじまらない。

衣は……まぁ、なんとかなってる。

食と住だ!

そのために必要なことをまず考えよう)


「おーい……」


(出来る、出来ないは、一旦置いといて、やるべきこと……

情報収拾。

情報が乏しいと打つ手も乏しくなる。

そもそも、この世界の常識にも乏しいし……

ステイタスの基準値も知りたい!

それには、まず人の集まるところ。

うん、とりあえず街に行こう。

もう少し休んだら出発しよう!!!

……しかし腹減った……)


「もう!

なんで無視するんですか!!!」


「へ?」


 目を開けると、口をぷーっと膨らました金髪の美女が目の前に立っていた。

「先から、ずぅぅぅっと話かけてるのに、無視して……」


「あぁぁ……スミマセン、ちょっと考え事してたので……」


(つか、可愛すぎる……

エメラルドグリーンの瞳に吸い寄せられそうだ……

これを一目惚れというのか!)


 こんな可愛い子が一体何の用で、僕に声をかけてきたのだろうか。


(もしかして……

噂に聞いたことのある逆ナン!!!

まだ心の準備が出来ていないのに、どうしよう……

エスコートするような場所もわからないし……

お金も、車もない……)


「では改めて、私は世界樹の守護神ウルドです。世界樹を救っていただいて、ありがとうございます!」


 とても真っ当な用件だった。淡い僕の下心よ、さようなら。

 つか女神!!!


 あっ……パズズが言ってた女神様のことかな?


「はじめまして、僕はアオイ アルです。名前がアルです」


「アル様ですね」


「!!!」

 僕は抗いがたい衝動にかられる。女神様であれ、何であれ、こんな可愛い女子に下の名前で呼ばれるなんて、一大イベントに等しい。記憶がなくてもこの世界でもそれは変わらない、きっと本能のようなものだ。


「アル様には、何かお礼をしなければと思っています。私に出来ることなら、何でも望みを叶えて差し上げます」


「!!!」

 な……何でもだと……


 女神様であれ、何であれ、こんな可愛い女子に何でも望みを叶えてくれるなんて言われたら、普通は理性が爆発することだろう。記憶がなくてもこの世界でもそれは変わらない、きっと本能のようなものだ。


 このコンマ数秒で僕の頭はフル回転している。あんなこと言ったら嫌われる?こんなことならOK?どう言えば嫌われない?様々なケースを想定した答えを導き出す。


 しかし……


 汚れのない女神様の笑顔を見ていると……とてもそんなことは言い出せなかった。


 僕のことは、チキン野郎とでも呼んでくれ……


 じゃぁ何をお願いする?

 

 『当然のことをしたまでですから、お礼なんて気にしないでください』とか言って爽やかな笑顔でワンランク上の余裕を見せフラグを立てるべきなのか、それともこれを機に、女神様と親睦が深められる直接的なお願い事をするべきなのか……


 僕はこんな短時間で頭をフル回転させた記憶はない。まぁ記憶そのものも無いのだけれども……あまり時間をかけて不審がられてもアレなので、そろそろ答えを出さなければならない。


 タイムリミットだ。


 ……やっぱ、ここは現実的なお願いをしよう。僕は色々と切羽詰まっているのだから。


 僕のハラは決まった。


「女神様の手料理が食べたいです!!!」


 今出来うる最善の選択だ。切羽詰まっている状況を打破しつつも、女神様との距離も縮められるかもしれない、最善の一手だ。


「へ?」

「私の手料理ですか……女神の加護とか、もっと色々あるのですよ?……」


 ウルド様の加護……色々……色々って、何なんだよ!

 ………

 ダメだ!!!この誘惑に負けるわけにはいかない!!!


 僕はウルド様の手を取り懇願する。

「いえ、僕はウルド様の手料理が食べたいです!!!」

「わ……わかりました……では私の部屋に案内します……」


 ウルド様は若干引き気味ではあったが、鬼気迫る僕に気圧され、願いを聞き届けてくれた。


 僕は何故か、達成感が半端なかった。


 世界樹内部にあるウルド様の部屋に案内され、数々の手料理が振舞われた。ウルド様の手料理はどれもこれも絶品だった。ウルド様のご厚意に感謝だ。


 そして人心地ついた頃には、成人男性数日分のカロリー摂取をしていた僕であった。何も考えずにがっついてしまった…


「ごちそうさまです。とても美味しかったです!」


「お口にあって良かったです。見事な食べっぷりでしたね。私も作った甲斐がありました」


 実際問題、世界樹云々は置いといて、もしウルド様に出会っていなければ、僕はどうなっていたのだろうか。いろんな考えが巡るがウルド様には感謝しかない。男の心をつかむには胃袋からと言う言葉通り、僕のハートはがっつりウルド様にキャッチされた。


「ウルド様……本当に、ありがとうこざいます。ウルド様がいなければ、僕はのたれ死んでいたかも知れません。」


「何をおっしゃいます。感謝するのはこちらです。もしアル様がパズズを倒していなければ、世界は魔王の手に落ちていたかも知れません」


 わかってはいたが、やはり魔王は存在するようだ。


「パズズを失った魔王軍は、戦略の変更を余儀なくされ、しばらくは大掛かりな侵攻もなくなることでしょう。」


「パズズって、そんなに凄い奴だったのですか?」


「歴代勇者や神々を含め、パズズを打ち倒した者はアル様以外におられません。今の魔王が誕生するまではパズズが魔王を務めていました。それほどの実力者です。」


 つか、魔神より魔王の方が格上なの?ともあれ、やはりただのマッチョじゃなかった。


「何か…今更ながら、身震いがします…よく死ななかったもんだと」


「ご謙遜ですね。

ところでアル様。

アル様は人の身でありながら、何故あれほどの『神威』が使えるのでしょうか。そもそも人なのですか?もしかして、私達でも知りえない高次元の存在なのですか?」


「わかりません。でも、人間です」


「わからない?」


 僕はこの世界来てからの出来事を、全てウルド様に話した。なぜだか心が少し、楽になった。


「そうだったのですね……」


 ウルド様がいたずらっ子の様な表情で僕に言う。

「もし、アル様がよろしければ、ここで私と一緒に暮らしても良いのですよ?食と住の問題は解決しますよ」


「え!」


 ウルド様と同棲だと……こ……こんな、夢の様な展開があっていいのか?


 一生分の運を使い果たしてでも是非受けたい申し出だ。是非受けたい。是非とも受けたいんだけれども…


 完全にヒモだよなあ……


 女神様のヒモってのに憧れを感じなくもないが、心がそれを否定している。僕はそこまでクズではないようだ。


「ウルド様…大変、魅惑……いえ、嬉しいご提案なのですが、僕はもう少しこの世界のことを知る必要があります。見聞を広め、生業を得、ご提案を受けるにふさわしい男になってから、もう一度そのご提案をいただけませんか?」

 随分身勝手な言い分だ。


 ウルド様は上目遣いで僕を見つめる。


「良いですよ。アル様の気持ちを尊重します」

 ウルド様は快諾してくれた。


「ありがとうこざいます!」


「ではアル様に私の加護を授けます。これでどこにいても、私との念話が可能になります」


 いかん、めちゃくちゃ嬉しい。表情が緩むのを抑えきれない……僕はウルド様の手を取り、物凄い勢いでお礼を述べた。


「心づくし、感謝します!」

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