第3話 風の魔神パズズ

 世界樹の前に立ちはだかる何者かが僕に問いかける。


「貴様が勇者か……

勇者は女だと聞いていたのだが……

騙されてしまったか……

主力部隊は貴様等の祭り上げた、女勇者の元に送ってしまった……

もうすぐ対峙すると報告を受けている……

してやられたな……」


 めちゃくちゃシブい声だ、ちょっと羨ましい。


 声の主はどうやら僕を勇者と勘違いしているようだ。一瞬僕勇者?って勘違いしそうになったけど、女って言っているので勇者はきっと別にいるのだろう。


 この世界で目覚めてはじめての会話が、得体の知れない何者かという事に何も感じなくはないが、状況を把握するために会話を進めることにした。


「あのぉ……多分、僕は勇者じゃありません……」


 相手が何者であれ、初対面で雑な言葉使いをすることに若干の抵抗があったので、とりあえず敬語だ。


「僕は、アオイ アルと申します、名前がアルです。

貴方は?」


 人に名乗ってらいたい時はまずは自分から名乗る、元の世界のセオリーにのっとってみた。


「我は風の魔神パズズ、それより貴様は………本当に勇者でないのか?」


 案外素直に答えてくれた。パズズはその身に濃密な瘴気をまとい、僕と対峙できる位置まで距離を詰めてきた。


 身長は2mを超えてそうだ鋭い目つきで整った顔立ちたてがみの様なロン毛にゴリマッチョ、総合的に見てイケメンといって差し支えのない容姿だ。その背には4枚の黒い翼。


 魔神……イメージと違う!禍々しい見た目じゃなくて普通に格好いい!この世界で目覚めてから、思う事ばかりだ……


「本当です。僕は世界樹を地図で見付け興味本位でここまで来ただけで、パズズさんがここに居合わせたのは偶然です」


 パズズは少し考え込む。


「貴様の話しが本当だったとして、ここへ至る道には我が軍が配備されていた筈だ、それをどう切り抜けたのだ?」


「えーと………いきなり、襲いかかって来たので、倒してしまいました」

 正直に答えた。


「フフフ……笑えん冗談だな、たった一人であの数を倒したというのか?」

「はい、その通りです」


「無傷でか?」

「はい」


「勇者でもない貴様が?」

「はい」


 パズズの眼光が更に鋭くなる。

「俄には信じがたいな……だが貴様に興味が湧いたぞ、我にその力を……」


 この展開はまずい!バトルになる!

 僕は無理やり、話題を変えてみた。


「この瘴気はパズズさんが発生源ですよね?パズズさんは息苦しくないのですか?」


「む………魔族や魔神にとって瘴気は力の根源だ。苦しいわけがなかろう」


 分かりきった事を聞いてしまった…普通に考えて自分で発して自分が苦しかったら、ただのバカだ……話題のチョイスを間違えた。

 

 僕はアドリブに弱いのかもしれない……


「僕は息苦しいです。このまま僕と対話を続けるのなら、止めていただけると嬉しいのですが……」

 苦し紛れの会話をさらに続けた。


 パズズは大きく目を見開いた。

「貴様は図太いな……我が軍を全滅させておきながら、よく頼みなど言えたものだ……」

 知ってる、強引なのも知ってる。


 パズズはさらに一呼吸おき。

「だが、瘴気は止められん」

 だから知ってるって。


 悪ノリもここまで来たらとことん行こう。理由も聞いてみる。


「なぜでしょうか?軍を全滅させたからですか?いきなり襲われたので、僕的には正当防衛ですが」

 我ながら拙い問いかけだ。


 パズズは怪訝けげんな表情を浮かべる。

「そんな、小さな事ではない……我らの計画のためだ」

 予想に反して本質に迫って来た。


「計画とは?」


「話すと思うのか?」


「思いません。思いませんが、聞いたら可能性が生まれるので……」


 パズズは呆れ顔で語り出した。魔神なのにかなり話せる奴だ。むしろベラベラ喋りすぎな気がする。


「世界を瘴気で満たすためだ」


「ここでの影響が世界に広がるのですか?」


「ハァ〜……本当に貴様は何も知らんのだな………」


「勉強不足で申し訳ございません……」

 魔神に溜息をつかれてしまった。


「まあよい、教えてやろう」

 本当にいいのか。


「世界樹は瘴気を浄化する力を持っている。故に世界を瘴気で満たすには、世界樹が邪魔なのだ」


 浮かんだ疑問をそのままぶつけてみる。

「直接攻撃した方が早くないですか?」


「うむ、世界樹には厄介な女神が結界を張り巡らせておる故、直接攻撃は我をもってしても、時間のかかる消耗戦となるのだ。それよりも我の高密度の瘴気を世界樹の元で発せば、世界樹の浄化機能はそれだけでパンクしてしまう。その間に世界各地から瘴気を発せば、世界は瘴気で満たされるのだ」


「なるほど……確かに瘴気を浄化する筈の世界樹が目の前にあるのに、この場は瘴気で溢れかえっていますもんね」


「この作戦をもって、魔族と人間による長き争いに決着がつく、魔族の勝利という形でな」

 そんな重要な作戦を喋ってしまっていいのか?


「パズズさんのお立場上、瘴気を止めるのは無理なお願いなのですね……」


「そういう事だ」


 予想に反して色々話が聞けたので、僕はそのままこの場を立ち去ろうと思ったけれども、世界が瘴気で満たされるのは都合がよろしくない。


 単純に苦しいってだけの理由だが……

 『ことわり』を正しくしらない僕がこの事態に介入していいものなのか、正直悩みどころなのだけれど、僕だけの都合で言えば瘴気は望ましくない。答えが分からない今、答えを求めるのは無駄なことだ。


「パズズさんを倒せば瘴気は収まりますか?」


 パズズは薄笑いを浮かべた。

「そうだ、我を倒せば瘴気は晴れる」


「分かりました」


「我に、貴様の力を示すか?」

 パズズさんすごく嬉しそうだ。


「はい」


「では、参ろうぞ」


「いきます!」


『神威』

 僕は神威を発動させた。

 凄まじい風圧で瘴気が晴れていく。デバフの瘴気に対してバフのつもりで発動させただけなのに、神威は存外に効果的だった。世界樹は広範囲に根を張り、幹も考えられないぐらいの太さなので倒れる心配は無いだろう。周りの木々は少し心配だ。


 多少の自然破壊と、瘴気に満ち溢れた世界を天秤にかけると、僕の選択は間違えてないはずだ。


「……それは神威……貴様は神なのか!…………」


「神威です。でも僕は人間です」


「おもしろい!」


パズズはノーモーションで、無数の風弾放ってきた。僕はストレージから瞬時に擬似ビームガンを取り出し、風弾を迎撃する。


 パズズの風弾は徐々に数を増す。僕の手数も多くなる。弾幕の打ち合いみたいだ。


 その弾幕の中からパズズが飛び込んで来た。肉弾戦をお望みのようだ。僕はストレージにビームガンを格納して肉弾戦に応じる。


 パズズの攻撃はとても鋭く防戦一方だ。しかしパズズも決め手を欠いている。


 パズズも僕も一旦距離を取る。


「なかなか楽しませてくれる」


 パズズは本当に嬉しそうだ。外見通り戦闘ジャンキーなんだろう。


「では、そろそろ本気で行くぞ!」

 パズズさんは本気じゃなかったようだ。


 パズズが空を指差すと、雷鳴が響いた。パズズが自在に雷を操れると推測した僕は、警戒を強める。

 パズズが指を振り下ろすと、無数の雷が僕をめがけて降りかかる。

(チッ、範囲攻撃か!)

 範囲攻撃は想定外だったが、何とか雷を凌ぎきる。しかしそれを想定していたパズズに一発いいパンチをもらってしまった。


(痛い!痛い!めっちゃ痛い!)


 夢という落とし所はこの時点で確実になくなり、僕は盛大に吹っ飛んだ。更にパズズは追撃を仕掛けてくる。流石戦闘ジャンキー、抜け目がない。


 僕はたまらず『神の剣』で防御する。『神の剣』を防御に残し『神の裁き』でパズズに反撃する。


 パズズは全身に熱風をまとい『神の裁き』を凌ぐ。幾らかはダメージがあったようだ。


「貴様……本当に人間か?………」


 パズズは改めて問いかける。


「いや、ぶっちゃけ分かんないです。でも、恐らく人間です」

 パズズと戦っていて人間である自信がなくなってきた。


 パズズは含み笑いの後、自身に雷と熱風をまとい突進してきた。僕は『神の裁き』と『神の剣』で応戦した。


 パズズは神の裁きを受けながらも、神剣を次々と粉砕していく。

(この人やっぱ怖い!)


 僕はその隙に、再び擬似ビームガン手に取り連結させる。


 僕はパズズの頭上にテレポートし、トリガーを引いた。


 パズズは消滅した。


 トリガーを引く直前に見たパズズの顔は、嬉しそうだった。

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