第61話 小石

 自動車の免許合宿を終えたユリカが、ひさしぶりに実家の自室に戻ると、何となく暗い、いやな空気が漂っているような気がした。

 それでも気のせいだろうと思い、いつも通りに自室で眠ることにした。

 その夜、寝ていた彼女の頭の中に、獣のような絶叫が響き渡った。

 驚いて目を覚ますと、常夜灯に照らされてうっすらと明るい部屋の中、ベッドで上半身を起こし、荒い息を吐いている自分に気づいた。

 何だかよくわからないけど、嫌な夢を見たに違いない。そう思っていると、突然机の引き出しがガタガタッと音を立てた。引き出しの取っ手が動くほどの勢いだった。

 声も出ないほど驚いたが、とっさに思ったのは「ネズミかな?」ということだった。家は古いし、まったく心当たりがないということはない。

 電気を点け、おそるおそる確認してみると、ネズミの姿や形跡はなく、代わりに見覚えのない石ころが入っていた。

 手のひらに入るほどの大きさで、煤けて黒く汚れている。

 一体何だろうと考えているうち、ふとあることを思い出して、彼女は顔面蒼白になった。


 まだ真夜中だったが、ユリカは隣の部屋で寝ていた弟を叩き起こした。

 彼女の予想通り、石を引き出しに入れたのは弟だった。寝る前に教えて怖がらせるつもりが、入れたことをすっかり忘れていたらしい。

 一月ほど前、家から車で10分ほどのところにある河原で、焼身自殺をした人がいた。

 自ら火を点けたものの、熱さに耐えかねたのか、河に向かって腕を伸ばした状態で倒れていたという。

「なんかすごい、何の動物の声だろって感じの叫び声が聞こえたんだよね」

 河原の近くに住んでいるユリカの友達が、青ざめた顔でそう言っていたのを覚えていた。

 一昨日、弟が悪友数人と肝試しにその河原を訪れたとき、焦げた石を見つけた。

 焼身自殺と関係があるものかはわからないが、十分に気味が悪い。

 そこでその石を拾って、ユリカの机の引き出しに入れておいたと白状した。

 彼女は怒り狂い、弟の部屋のベッドの下の隙間、すぐには取れないであろう辺りに石を投げ入れると、足音高く自室に戻った。


 それから何があったか知らないが、次の朝早く、青い顔をした弟が自転車で出かけていった。

 石は元の河原ではなく、菩提寺に持って行ったと聞いた。

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