第37話 こたえて
知人の間壁さんが、こんな話をしてくれた。
もう二十年近く前の話になるという。
彼が通っていたN小学校は、小さな山を背にして建っていた。裏門を出て少し行けばすぐ山だというので、虫採りや、獣道を探検して遊ぶために分け入る生徒も多かった。
その山の入り口に、電話ボックスがひとつ、ぽつんと設置されていた。
いつの頃からか、その電話ボックスにまつわる噂が、子供たちの間でささやかれるようになった。
夜中の十二時に一人でその電話ボックスに入り、十円玉を入れた後、黙って受話器を耳に当てる。そのまま自分の尋ねたい質問を頭の中で唱えていると、受話器の向こうから答えが返ってくるという。
人里離れた山の中、とまではいかないが、夜ともなれば道は暗く、まして家も街灯もない山道には、まったくの闇が立ち込めている。とても真夜中に一人ぼっちで、電話ボックスに籠ろうなどという勇気のある子供はいなかった。
それほどのことをしてまで、知りたいことがある子供もいなかっただろう。
ある年の六年生の中に、家族との関係がよくない女の子がいた。
特に母親との折り合いが悪く、家出して友達の家に転がり込むことも何度かあった。真夏でも袖の長い服を着ており、着替えるところを見たら、腕にいくつも青あざや火傷の痕があった、と話す人もいた。
その女の子がある日、例によって家を飛び出した後、小学校の裏山へと向かった。その手には十円玉を一枚握りしめていた。
電話ボックスの周囲に人影はなかった。電話ボックスの灯りだけが、人魂のようにぼんやりと光って、辺りを照らしていた。
時計を持っていない彼女は、校舎の前を通る時、前庭の大時計が十二時十分前を指しているのを確認していた。そこで十二時ちょうどを逃さないよう、急いで電話ボックスに入ると、十円玉を投入して受話器を耳に押し当てた。
(いつになったらお母さんと別れて住めますか)
(いつになったらお母さんと別れて住めますか)
(いつになったらお母さんと別れて住めますか)
頭の中で早口に繰り返しながら、ひたすら発信音を聞いていた。
(いつになったらお母さんと別れて住めますか)
(いつになったらお母さんと別れて住めますか)
(いつになったらお母さんがいなくなりますか)
肌寒い夜だった。片手で受話器を押さえながら、もう片手でその腕をさすって、彼女は十二時になるのを待っていた。
どれくらい経っただろうか、受話器の向こうで「ブツッ」と何かが切れるような音がして、発信音が聞こえなくなった。
次の瞬間、受話器から「さんじゅうはちっ」という、子供のような声が聞こえた。
女の子は驚いて、受話器を取り落してしまった。その時、ドンドンという音が頭の上から響いた。
上を見上げると、電話ボックスの上から、膝から下の足が二本、ぶらんとぶら下がっていた。
そこから先、どうしたのか記憶が定かでないが、気が付いたら彼女は、自宅の玄関の前でうずくまっていた。
当時、彼女のクラスメイトだった間壁さんは、その女の子が手当り次第に生徒を捕まえてはその話をするのを、少し離れたところから見ていたという。
その日のうちに、彼女の話は学年中の生徒が知るところとなった。誰かが電話ボックスを見に行ったところ、本当に受話器が外れてぶらぶらしていた、という出所不明の噂も加わり、話はますます広まった。
夜中に外出したということで、学校から彼女の家庭に、何か指導があったかもしれない、と間壁さんは言う。
それから一月ほどが経ったある日、その女の子は連絡もなく学校を休んだ。家にいるのが嫌いな彼女が学校を休んだのは、六年生になってから初めてのことだった。
ほどなくして彼女が、例の電話ボックスのすぐ傍で、首を吊っているのが見つかった。
どうやったものか電話ボックスによじ登り、手近な木に丈夫な紐を結び付けて首をかけ、ボックスから飛び降りて死んだらしい。
女の子の死が生徒たちに知らされた日、生徒の一人が、彼女が電話ボックスに行った日から数えて、ちょうど三十八日後に死んだということに気付いた。
学校中が、ちょっとしたパニックになった。
その電話ボックスは、間壁さんが卒業する前に撤去され、今はもうない。
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