第33話 焼け跡を歩く
「中学ん時の話だから、もう十年以上前っすよ」
指を折って数えながら、木下が言った。
彼自身の体験談ではなく、彼の友人の話だという。
木下のクラスメイトに、A君という男の子がいた。
小学校の頃から仲が良く、よくつるんでいたという。
二人が中学二年生だったある日、A君の向かいの家が火事になった。
あわや彼の家にも飛び火するかというほどの火事で、何とかその前に消し止めたものの、向かいの家はほとんど全壊してしまった。
天井は落ち、壁は崩れて、真っ黒に煤けた柱が丸見え。窓ガラスも割れて、とても住んでいられるような状態ではない。もちろん、住人たちは皆どこかに避難している。
「でもさぁ、時々人影っぽいのが見えるんだよな」
火事から一週間ほど経った頃、A君がぽつりと漏らした。
「誰かが様子見に来てるんじゃねえの?」
「そういうんじゃなくてさ、なんか家の中ウロウロしてるだけだし、それに真っ白なんだよ。今窓とかないから、俺ん家から丸見えなんだけど。真っ白はおかしいだろ?」
「そうだなぁ。焼け跡行くのに白い服着てくのは変かもな。汚れるもんな」
そう言うと、A君は真剣な顔で首を横に振った。
「そうじゃなくて、真っ白なんだよ。髪とか服とかねえの。全部真っ白の人影がウロウロしてんの」
こうやって、とA君は両手を前に伸ばして、手のひらを前に向けた姿勢で木下を見た。
その時、わけもなくぞっとしたという。
それからA君は度々、焼け跡に来るという「白い人」の話をするようになった。
「親も妹も見てるんだよ。気味が悪いんだけど、すぐ向かいだからどうしても見ちゃうし」
「それってもしかして幽霊じゃないの? 火事で死んだ人のさ」
「向かいの人、家は焼けたけど誰も死んでないぞ」
「じゃあ、何が出てるんだよ」
木下がそう言うと、暗い顔で「知らねえよ」と返された。
木下は正直、A君の話を真に受けていなかった。しかし、A君は真剣に悩んでいる様子だし、種明かしをする気配もない。
どう扱ったらいいものかと思いつつも、話は否定せずに聞いていた。
そんなある日、教室に入ってきたA君は、いつもと違って明るい表情をしていた。彼は木下を見つけると、さっそく近寄ってきた。
「聞いてくれよ! 向かいの家、昨日から解体が始まったんだよ!」
どうリアクションしたらいいのか、と思いつつ、「そうかぁ。よかったじゃん」などと返事をした。しかしA君は、そんな様子も気にならないほど嬉しそうだった。
「ようやくあの家がなくなるよ~。もうあいつもいなくなるかもな!」
「お、おう、きっとそうだな」
まぁ、目の前に焼けた家があるのも、いい気持ちがしないに違いない。よかったよかった……と、木下も思うことにした。
ところがその数日後、急にA君が学校を休んだ。
放課後、課題のプリントを届けに行きがてら様子を見に行くと、彼の家は異様な雰囲気に包まれていた。
窓という窓が、新聞紙で覆われている。
向かいを見ると、焼け跡はすっかり更地になっていた。ともかくもチャイムを押すと、ひどく疲れた様子のA君が出てきた。
「どうした? 風邪か?」
「今日一日、父ちゃんと窓を塞いで回ってたんだよ」
そう言って、彼は力なく笑った。
「あいつ、あっちの家がなくなってから、こっちに来るようになったんだ。窓から覗くんだよ」
まだ昼間だというのに、家の中には煌々と電気が点いていた。
「カーテン閉めたんじゃ駄目でさ」
独り言のようにA君が呟いた。
それからしばらくして、A君一家は引っ越した。
木下は、転校していった彼としばらく連絡をとっていたが、急にメールが返ってこなくなって以来、一切の連絡が途絶えてしまった。
以来、A君の消息はわからない。
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