第31話 内線電話
元木さんは、ある分野の専門誌の編集者である。
あるとき、原稿が遅れたために、急ピッチで作業をしなければならなくなった。
校正作業に没頭しているうち、いつの間にかフロアには元木さん一人になっていた。
夜の10時を回ったころ、内線の音が鳴り響いた。他のフロアからだろうか、と思いながら、電話をとった。
「はい、○○編集部です」
ところが、受話器の向こうからは返事がない。
「もしもし? 聞こえます?」
やはり返事がない。
ただでさえ帰れずにイライラしているところに、変な電話をとってしまったものだ。後日文句を言ってやろうと、元木さんは電話機のディスプレイを見た。
彼の向かいの席の内線番号が表示されていた。
向かいの社員は、とっくに帰宅したはずだった。立ち上がってパーテーション越しに覗き込んだが、やはり誰もいない。受話器も上がっていないようだ。
そのとき、向かいの席を覗いている元木さんの頭の上に、天井の方から「うふっ、うふふふ」という笑い声が降ってきた。
少し遅れて、受話器の向こうから同じ笑い声が聞こえた。
低い、男とも女ともつかない声だった。
元木さんは下を向いたまま、机の上を片付け、パソコンの電源を切った。
そして、デスクの方を見ないようにしながらオフィスを出た。
その後も何度か残業をする羽目になったが、最後の一人にならないようにしていたためか、妙な電話をとることはなかった。
半年ほどして、会社が急に別のビルに引っ越すことになった。
古株の社員同士が「やっぱり……」と小声で話し合っているのを聞いたという。
くだんのオフィスには現在、学習塾が入っている。
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