第30話 みーなのおうち

「美奈子って名前なんだけど、自分のこと『みーな』って呼ぶんだよな」

 マサユキの彼女は、そういう女性だったらしい。

 二十代半ばを過ぎていながら、ツインテールにミニスカート、二ーハイソックスでデートの待ち合わせ場所に現れる、世間一般には「イタい」と言われるような子だったが、マサユキはそのイタいところが面白いと思っていた。見た目もそこそこ可愛く、性格も優しくて家庭的だったので、そんなところも好みだった。


 ある夜マサユキは、彼女を呼び出してドライブに出かけた。買い換えたばかりの車で、空いている道路を走りたかったのだという。

 ついでに彼女を怖がらせて楽しもうと企んで、地元でちょっと有名な廃墟の場所を調べておいた。某市の山際の地区にあるその一軒家は、少し山の中に入ったあたりにぽつんと建っていた。

 そこでは昔、一家心中が起こったという噂があったが、真偽のほどはわからなかった。ただ、ぼろぼろの廃墟には違いないので、夜に行ったら気味が悪いだろうということは十分予想できた。

 ところが深夜、廃墟に着くなり彼女は歓声をあげたという。

「すごーい、まぁくん! ここね、昔みーなが住んでたおうちなの!」

 そう言ってぼろぼろの平屋建てに突進していったので、マサユキは慌てて後を追った。

「あのねー! ここが玄関でぇー。ここがリビングでぇー。こっちがキッチンなの! でね、こっちがお風呂場だよー!」

 家の構造を紹介していく様子にあまりに迷いがないので、本当にここに住んでいたのかも……とマサユキは思った。家には違いないのだから、まったくありえない話ではない。とすると、一家心中なんてやっぱり嘘だったんだな……と、ちょっとほっとしたような気持ちにもなった。

「でねー……じゃーん! ここがみーなのお部屋ー!」

 ボロボロの畳の上に、朽ち果てたタンスのようなものが倒れている部屋の前で、彼女が嬉しそうに笑っていた。

 幽霊の「ゆ」の字もないが、そのはしゃぎっぷりがだんだん怖くなってきたという。

「なぁ、寒いからもう帰ろうぜ」

「えーっ。しょうがないなぁ~。でもまぁくんが風邪ひいたら困るもんね! かえろかえろ」

 車が出発してからも、彼女は何度も廃墟の方を振り返っていた。

「ねぇ、まぁくん。また一緒にみーなの前のおうち行こうね!」

「マジかよ。何もないじゃん」

「何もなくても行くの!」

 街に向かって車を走らせながら、マサユキは彼女を廃墟に連れていったことを後悔し始めていた。


 マサユキが心配していた通りになった。

 寄ると触ると彼女が「まぁくん! みーな、前のおうちに行きたい!」とねだるようになったのだ。廃墟から帰って少しの間「あれは彼女なりの冗談だったのかも」と思っていたが、どうやら違うようだった。

 あれこれ言い訳して廃墟に行くことを拒否していたら、ついには彼女と喧嘩になってしまった。電話をしても、メールをしても返事がない。

 その状態のまま二日ほどが過ぎ、このままフェードアウトされてしまうのかと思っていた頃、突然彼女からメールが届いた。

『今日からみーな、前のぉぅちに住むょ ぁそびにきてね』

 絵文字まみれのメール本文には、読みにくい言葉遣いでそう書いてあった。

 写真が貼付されていた。自分で撮ったものらしく、ピンクの部屋着を着た彼女が、上目づかいで写っている。

 その後ろ、フラッシュの中に、朽ちて倒れたタンスらしきものが浮かび上がって見えた。

 マサユキは家を飛び出すと、車に乗って例の廃墟に向かった。

 懐中電灯を持って朽ちた家の中に入る。ところが、いくら探しても彼女がいない。

 彼女の「自室」だけでなく、家中を探し回ったが、人の気配すら感じられなかった。

 もしかすると、彼女のいたずらだったのかもしれない。ともかく彼女がいないなら、ここにいても仕方がない。

 そう思ったマサユキは、半ば腹を立て、半ばは安心しながら、再び車に乗って廃墟を立ち去った。


 家に帰って携帯を見ると、彼女からメールが届いていた。

『今までごめんね。ちゃんと仲直りしたいから、土曜日会えないかな?』

 絵文字がない、シンプルな内容に違和感を覚えつつも、待ち合わせ場所と時間を打って送り返した。返事はなかった。

 ともかくも土曜日、マサユキは待ち合わせ場所に向かうことにした。ところが、若干遅れてしまったにもかかわらず、彼女の姿がない。

 キョロキョロしていると、後ろから肩を叩かれた。

「もう、何で気づかないのー? ずっと待ってたんだよ!」

 笑いながらそう言われた。

 髪を下ろし、お洒落なジャケットにワンピースを合わせた大人っぽい女性がそこにいた。

 面喰ったが、顔立ちや体型は彼女に間違いない。

「お前、どうしたの? その格好。怒ってんの?」

 マサユキがそう尋ねると、彼女は「何で? 私、どこか変?」と言ってまた笑った。

 釈然としなかった。


「あいつ、あの家で何かあったのかね……」

 マサユキはそうぼやく。

 その後、イタくなくなった彼女とは、ひと月ほどで別れてしまった。何となくそりが合わなくなってしまったのだという。

 彼女との共通の友人によれば、その後彼女は勤めていた会社を辞めて、まったく違う業種の会社に転職し、そこで別人のようにバリバリ働いているらしい。

 助手席に乗せる相手がいなくなったマサユキは、時々例の廃墟にドライブに行く。

「そこに前の『みーな』が住んでるんじゃないかって気がして……でもさ、最近その家に行くと、人の気配とか視線を感じるんだよね。どう思う?」

 気のせいだと思う、と言っておいた。

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