第28話 見て来いよ

 仁科はその夜、友達のアパートに酒とつまみを持って泊りに行った。

 友達のアパートは小さな1Kで、玄関を入るとまず、小さな台所と廊下がある。台所の反対側には風呂とトイレ、廊下の突当りは居室につながるドアになっている。

 ドアには細長い曇りガラスがはめ込まれており、下にも1、2センチほどの隙間があるので、ドアが閉まっていても、居室からも廊下の様子がある程度――電気が点いているかどうかとか、人がいるかいないかくらいはわかるようになっていた。


 深夜二時を回った頃だったという。

 借りてきたホラー映画のDVDを観ていた二人だったが、その映画があまりにつまらなかったので、二人でネットで拾った怪談を披露しあっていた。

 怖い話をしていると「寄ってくる」とよく言うが、果たしてしばらく経った頃、仁科はふとその音に気付いた。

 ドア一枚隔てた廊下から、足音がするような気がする。

 フローリングの上を裸足で歩くような音が、玄関の方から近づいてきて、部屋の前まで来るとまた玄関の方へ遠ざかっていく。そんな音が、さっきから延々としているようだ。

 話を中断して、廊下の方へ耳を傾けていると、友達が言った。

「なぁ……やっぱり、何か聞こえるか?」

「お前も? さっきから足音するよな?」

 友達が一人暮らしをしているこの部屋には今、その部屋の主と仁科以外の人間はいない。

 別の部屋からする音にしては、あまりに鮮明で近すぎる。

 曇りガラスの向こうは電気が点いている。ずっと見ていると、ぼんやりした影が動いているように見えてきたという。

 誰かがいるようでもあり、目の錯覚のようでもある。

 ただ、足音は確かに聞こえる。

「気のせいじゃないよなぁ・・・・・・」

 さっきからの酔いが、どんどん醒めていく。

 と、突然友達が言った。

「仁科ぁ……ちょっと、下から覗いてみろよ」

「は!? 嫌だよ」

 いきなりの提案に憤りつつ、なぜかひそひそ声で仁科は反論した。下の隙間から覗けば、何がいるのかわかるかもしれない。わかるかもしれないが……。

「もし向こうからも覗いてきたらどうすんだよ!」

「バカ! そういうこと言うなよ! 怖いだろ」

「怖いのは俺だって同じだよ!」

 そうこうしている間に、DVDが終わってしまった。テレビから音がしなくなると、ますます足音が鮮明に聞こえてくる。

「仁科ぁ、トイレ行きたくない?」

「行きたいよ! バカじゃねぇの!?」

「俺だって行きたいよ! アホか!」

 足音が続く中、中身のない口論が続いた。

 とにかく二人とも、廊下に何がいるのか確認したい、でも怖い、という気持ちでいっぱいだった。

「ドア、開けてみるか……?」

「何か入ってきたらどうすんだよ……」

 行方のない問いを繰り返して数分後。

 友達が「あ、そうか」と呟いた。

 そして近くに置いてあった、仁科の買ったばかりのスマートフォンを掴むと、流れるような動きでロックを解除し、何やら操作をして、


 ドアの下の隙間から、勢いよく廊下に滑り込ませた。


「おおおっ! おいいぃ!」

 それまでのひそひそ声が嘘だったような、とんでもない声が出た。

「おまっ、ちょっ、何やってんだぁ!」

「カメラモードになってるから。後で見れば何か映ってるかもだから」

「じゃねえよ! お前のスマホでやれよ!」

「俺のはストラップが大きいからムリ」

「もおおぉぉぉっ! マジかよー」

「ドア開けて取りに行ってもいいんだよ」

「バカじゃないの!? バカじゃないの!?」

 本気で怒っていると、いつの間にか廊下の足音が聞こえなくなっていた。

 それでも、朝日が出るまで怖くて、とうとう明るくなるまで廊下に出ることができなかった。


 一応、仁科のスマホは無事だった。

「じゃあ、何か映ってた?」

「いや、バカがカメラを下にしたまま入れたもんで……」

 仁科の友達も、それなりにテンパッていたらしい。

 結局動画の時間いっぱいに足音だけが延々と録音された、真っ暗な映像が撮れたという。

「気味が悪いんで、速攻消しちゃったんですけどね」

 もうそいつとは遊ばない、と仁科はぼやいた。

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