第24話 合宿所・2

 草野くんが高校生の頃、夏休みに部活の合宿を行っていた民宿は、色々と妙な話のあるところだったらしい。

 彼が高校一年生の夏、初めてその合宿に参加した時にも、人間とは思えない人影に遭遇した。

 その次の日。合宿三日目の夜のこと。


 この夜が明ければ、明日の午後にはここを出られる。そう思うと、草野くんはなかなか寝付けなかった。

 寝返りを何度か打っていると、深夜一時を回った頃、「おい」と肩を揺さぶられた。隣で寝ていた友達だった。

「草野、起きてるんだろ? 連れションしねえ?」

 ちょうど「トイレに行きたくなったら嫌だな」と考えていたところだったので、一緒に行くことにした。友達が薄暗い廊下を歩きながら、

「トイレって女子部屋の方じゃん? 一人で行って、チカンだと思われたら嫌だろ」

 と、言い訳がましく言ったのを覚えているという。


 先に用を足し終え、草野くんは友達がトイレから出てくるのを、廊下に出て待っていた。

 人と話して安心したのか、ようやく眠気が押し寄せてきていた。一人であくびをしていると、突然、目の前の部屋から悲鳴があがった。

 ぎょっとして立ちすくんでいると、少ししてから襖が開いて、部屋の中から女子生徒が飛び出してきた。

「うわっ、どうした?」

「わっ! 草野こそ何やってんの!?」

 そう言う女の子の顔が真っ青だ。彼女の肩越しに部屋の中が見えるが、明かりの点いた部屋に、女子が何人か固まっているようだ。

「あのさ、誰かこの部屋から出てこなかった?」

「お前以外に?」

「うん。私が出てくるちょっと前に、誰か出てきたでしょ?」

「いや、ちょっと前なら俺、ここにいたと思うけど・・・・・・誰も出てこなかったんだけど……」

 ちょうどその時、「今すごい悲鳴がしたけど、どうした?」と言いながら、トイレから友達が出てきた。近くの部屋からもぞろぞろと部員が出てきて、廊下は人でごった返し始めた。

 すると突然、部屋から出てきた女子が泣き始めた。

「ごめん、ほっとして……」

 そう言いながら、何があったか話してくれた。


 彼女たちがいた部屋は、一年生の女子ばかりの四人部屋だった。

 初めての合宿の最後の夜ということで、皆眠るのが何となく惜しくて、消灯時間後もしばらく話をしていたという。

 もちろん明日も練習はあるから、ほどほどの時間に眠らなければならない。ところが盛り上がりすぎてしまったため、いざ寝ようとすると、皆目がさえてしまって寝付けなくなっていた。

 寝れないねぇ、と呟きながら、暗い天井を見上げていると、誰かが言った。

「あのさー、ゲームしない?」

「ゲーム? トランプとか持ってるの?」

「そうじゃなくてー。暗い部屋の四隅に一人ずつ座って、部屋の真ん中に這ってくのね。で、真ん中に集まったら、まず一人が隣の人の名前を呼んで、その人の膝に手を置くの。置かれた人は、そのまた隣の人の名前を呼んで、膝に手を置くの。で……」

「やだ、それって、一人増えてるってやつじゃん?」

 つっこんだ生徒の言う通り、立派な降霊術である。「膝摩」というもののようだ。

「この民宿って、出るんでしょ?」

「でもさー、出るとこでやんないとつまらないじゃん! 明日は帰るんだし」

 この夜が明けたら、もうここにはいなくていいんだという気持ちが、何となく四人の背中を押したという。常夜灯の点いた部屋の中で、銘々に手近な部屋の隅を陣取ると、ゲームを提案した子が立ち上がって、電気のスイッチの近くに移動した。

「じゃあ、自分の右にいる人を呼んでね。真ん中に集まったら、私から始めるから」

 そして手を伸ばし、スイッチを切った。

 障子越しに、外のかすかな明かりが差し込んでくるとはいえ、暗い。

 窓際にいる人の輪郭ぐらいしか見えない。早く終わらせようと黙ってまっすぐ進んでいくと、そのうち頭が何かにごちんと当たった。

「いたーい・・・・・・」

 友達の声と、くすくす笑いがそれに続いた。

「みんな、いる? じゃあ私からね。リカコ」

 さわさわ、と動く気配がして、左ひざに温かい手が置かれた。

「えーと、みーさん」

 右にいるはずの子の名前を呼んで、手探りで膝を探す。あった。

「ひゃっ。私? えっと、アイコちゃん」

「うわ。びっくりした。じゃ、サナエ」

 返事がない。

「アイコ、早く膝に手置きなよ」

「えっ、私、誰かの膝に触ってるよ……」

 しばし沈黙があった。と、抑えた笑い声が爆発した。

「あはははは、ごめん、冗談……」

「な、なんだもうー! やだー!」

「あー、びっくりしたぁー」

「ごめんごめん。電気点けようか」

 誰かが立ち上がった気配がして、明かりが点いた。

 明るい部屋の中で、皆が笑っている。

 彼女の正面左には、部屋の出入り口の襖がある。

 その襖の前に女が立っている。

 襖が突然がたん!と揺れて、皆がそちらを向いた。開いた襖を開けて、女が廊下に出ていった。

 長い髪の毛を前に垂らした女性で、顔はわからない。

 ぎこちない後ろ歩きで部屋を出ていった。たまらず悲鳴を上げたという。


 その説明を聞いて、草野くんは前の晩に見た、首が反対側を向いている女性のことを思い出した。

 女が出てきていないどころか、襖が開いてもいない。

 あまりに怖くて、友達を引っ張って、そそくさと部屋に戻った。


「その後、結局あと二回もその民宿に泊まっちゃったんですけどね。場所とか、設備とか考えると、そこがやっぱり一番よくって」

 現在大学生の草野くんは、もう二度と行きたくない、と苦笑いした。

 実際にその部屋にいた女子生徒に話を聞けないか尋ねたが、残念ながら現在、誰とも連絡をとっていないそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る