第14話 偽者

 みのりさんは現在三十一歳。広告代理店でCMプランナーとして働いている。

 見た目はスレンダーな美人。活発で行動力のある彼女は、紹介してくれた人が言うには「若手クリエーターの注目株」であるらしい。

 そんなみのりさんだが、中学生まではいじめられっ子だったと語る。

「元々地味で、自分に自信がなくて、太ってて、運動ができなくてさ。暗い子だったと思うな。小学生のころからいじめられっ子だったけど、やっぱり中学三年の時が一番ひどかったなぁ。クラス全体からいじめられてたからね。今だから、こんな他人事みたいに言えるけど」

 悪口を言われたり、持ち物を捨てられたり、給食にチョークの粉をかけられたりと、本人曰く「陰湿タイプのいじめの見本市のような有様」だったという。

 三年生の二学期からは、ほとんど学校に行かなくなった。

「それで何してたかっていうと、勉強してた。同じ中学の子が行かない、ちょっと遠くの高校に行きたかったから。結果的には正解だったね」


 ぎりぎりの成績ではあったが、何とか希望の高校に入学できた。同じクラスだった同級生は、幸い誰一人入ってこなかった。

 とても嬉しかったという。

「テンション上がっちゃってね。せっかくだから何か始めたい! と思って、ブラバンに入っちゃったんだよね。そこは県内ではそこそこ有名な強豪校だったの。文化部だから、トロい私でも大丈夫と思ったんだけど」

 とんだ見当違いだった。部活の練習は、学校の敷地周りを走ることから始まった。楽器の練習も予想以上に体力と集中力を使うもので、朝練が終わっただけでへとへとになった。

 何度もやめようと思ったが、その部活で友達ができた。みのりさんが送ってきた学生生活のなかで、ほとんど初めてと言ってもいい出来事だった。

「仲間がいると、なんか楽しくって。おまけに、体重もどんどん減ったのよね。体動かすから」

 最初はままならなかった演奏も、二か月、三か月と続けるうちに、少しずつできることが増えていった。練習がどんどん楽しくなった。

 気が付いたら一年が経ち、いつの間にか彼女はパートリーダーになっていた。

「私の地味なところが、コツコツやれる真面目な子って受け取られてたみたい。その年に、全国大会のすぐ手前まで行ってねぇ。悔しかったなぁ。皆で抱き合って泣いたっけ」

 中学までのみのりさんは、もういなくなっていたという。


「とにかく、高校で人生変わってね」

 学業成績も上がった。部活で忙しく、勉強に割くための時間が限られていたことが、かえって効率を上げる結果になった。教えあう友達がいたことも大きかった。

 有名大学に合格し、第一希望だった広告業界に就職した。「まだまだ駆け出しの下っ端」だと言うが、関わってきた仕事の話を聞けば、「ああ、あのCMね!」と思い当るものも多い。

 忙しいが、とても充実した日々を送っているそうだ。

「さて」

 みのりさんは座り直し、ちょっと声のトーンを落とした。

「ここからが、変な話になるんだけど」


 去年の年末、実家に帰ったときのことだという。

 夜に地元の繁華街をうろうろしていると、たまたま見かけた居酒屋に「○○中学校××期卒業 三年一組様ご一行」という表示を見つけた。

 みのりさんが中学三年の時、全員からいじめられていた、まさにその時のクラスだった。偶然にも、その日に同窓会が開かれていたのだ。

「まぁ、私はそんな連絡もらってないんだけど。それは不思議じゃないわよね」

 彼女はその居酒屋に入り、同窓会が行われている座敷へ踏み込んだ。

「別にこう、文句を言ってやろうとかじゃないのよ。そんな奴らに今更何言っても面白いことないわよ。ただ私、その時仕事で煮詰まってて。年明けに、十本くらい案を出さなきゃならなかったのね。でも何にも思いつかなくって、何でもいいから刺激が欲しかったの。それで気まずくなったとしても、私はさっさと立ち去ればいいだけじゃない?」

 大部屋の襖を開けると、集まっている二十人ほどの男女に向かって、「どーもー! 地味子の便所虫、増田みのりでーす!」と元気よく名乗りを上げた。

「そしたら中にいた人たちが、ぎょっとした顔で私を見るのよ。最初、あっ部屋を間違えた! と思って、真っ赤になっちゃったんだけど」

 顔をよくよく見れば、中学生の頃の面影が残っている人もいた。

 ざわめく座敷で立ち尽くしていると、幹事らしき人から「ほんとに増田さん?」と話しかけられた。

「本当に増田! たまたま通りかかったから、来ちゃった」

 免許証を見せて説明し、担任や同級生の名前をあげていくと、皆の顔色がどんどん変わっていく。

「とりあえず、ちょっと入って」

 そう言われて座ると、事情を説明された。


 一年前、同じ時期に同窓会を開いたという。

 別の居酒屋で、皆で集まって飲んでいると、突然見慣れない女性が入ってきた。

 標準体型の二倍くらいに肥満し、毛玉だらけのコートを着た、顔色の悪い女だったという。

 そして彼女は「皆にいじめられていた増田みのり」だと名乗った。

「あれから十年以上も経ったけど、私は皆を許せない。だから、ここにいるみーんなに呪いをかけました」

 そう告げて、さっさと立ち去ったという。

 気まずくなり、一次会で解散した。後味の悪い同窓会となった。

「当然だけど、それは私じゃないわけ。だって、一年前の同じ時期なんて、そもそも地元にいなかったもん。仕事が忙しくて」

 そんなことがあったなら、皆が気味悪がって当然か、と納得していると、幹事が続けて口を開いた。

「それから今日までの一年で、十人も亡くなったんだ・・・・・・交通事故とか、急に末期がんが見つかってとか、死に方は色々なんだけど。俺らまだそんな年じゃないのに、多すぎるだろ? 今日は皆で集まって、どうしたらいいか話し合ってたんだ」

 ついでに、謝られたそうである。額を畳に擦り付けて謝罪しながら、泣いている参加者も何人かいたという。

 あまりの居心地の悪さに、みのりさんは早々に退散した。


「その後どうしたか知らないけどさ・・・・・・ただ、気持ち悪くてね。何もかも。私を名乗ってた女も気持ち悪いし、尋常でない数の死人が出てるのも本当なのよ。それも怖いでしょう?

 でもねぇ、あそこにいたクラスの皆にとっては、私の方が偽者に見えてるんじゃないかなって思うとね・・・・・・前の年に来たっていう変な女が、未だに皆にとっての『増田みのり』なのかと思うと、それがホント気味が悪いんだ」

 たまらなく、心がざわつくのだという。


 今年の年末、もし地元に戻れたら、またあの繁華街をうろついてみたいと彼女は言っている。

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