第10話 鶯
聡美さんが小学六年生の、お盆の出来事だという。
両親は近所のお寺まで墓参りにでかけており、彼女は一人で留守番をしていた。
よく晴れて暑い、夏の夕方だった。一人静かに過ごしていると、チャイムが鳴った。
「はーい」
声をかけながら玄関に出てみると、見知らぬ女性が立っていた。
暑い時期にも関わらず、黒留袖をきっちりと着こなした、物凄い美人だったという。
思わず見惚れていると、その女性は流れるようなきれいな声で、
「聡美ちゃんですか?」
と尋ねてきた。両親の知り合いに違いないと思っていた彼女は、素直に「はい」と答えた。
すると、その女性はにっこりと笑って「お母さんですよ」と言った。
聡美さんは戸惑いながらも答えた。
「お母さんは留守です」
女性は溢れんばかりの笑みを湛えたまま、「私がお母さんですよ」と繰り返す。
何なんだろう、この人・・・・・・。
あまりに顔が綺麗なのも相まって、聡美さんはこの女性のことが怖くなってきた。何も言わずにドアを閉めようとすると、いきなり手首を掴まれた。
「うぐいすのくろくなったら、また来ますからね」
流麗な口調で、確かにそう言った。
聡美さんの手首を離すと、黒留袖の女性はお寺の方へ歩き去った。
その時、線香のような匂いが漂っているのに、ふと気づいた。
帰ってきた両親に、妙な女性が来た話をすると、いきなり母親が泣き崩れた。
「ほんとは、聡美が中学生になったら言うつもりだったの」
聡美さんは、両親の本当の子供ではなかった。母親の親友だった女性が産んだ子だった。
その女性は聡美さんがまだ赤ちゃんの頃、事故で夫婦共々亡くなっていた。一人残された彼女を、なかなか子供ができなかった今の両親が引き取ったのだという。
(じゃあ、私の本当のお母さんが会いに来てくれたの?)
呆然としている聡美さんの前で、母親が一冊のアルバムを開いた。
「この人だったでしょ?」
そう言って指し示された写真を見て、聡美さんは息を呑んだ。
まったくの別人だった。
黒留袖の美女とは、顔も体型もまるで違う。
その旨を告げると、両親とも妙なものを飲まされたような、何ともいえない顔をしたという。
家中のアルバムをひっくり返したが、あの時の綺麗な女性と思われるような人物は見つからなかった。両親も「そんな美人には覚えがない」と口を揃える。
それから十年以上が経つが、聡美さんは今でも気がかりだという。
「意味はわからないけど、いつか『うぐいすのくろくなったら』・・・・・・また私の前に現れるんでしょうか」
未だその時は来ていないらしい。
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