第9話 落とし物

 麻里子さんの働く会社は、高層ビルの中にある。

 その都会的でお洒落なオフィスで一度、怖い思いをしたという。

「幽霊とかの話じゃないかもしれないけど、怖かったから」

 そう念を押しながら話してくれた。


 前の日にやり忘れた仕事を思い出して、早めに出勤した朝のこと。

 同じフロアは、まだ誰も出勤していなかった。パソコンが起動するのを待ちながら携帯をいじっていると、ぽと、と音がした。

 音がした辺りを見る。キーボードの手前に、何だかよくわからない小さいものがあった。これがどこかから落ちてきたらしい。

 だが、上を見上げても天井があるばかりで、何かが落ちてきそうな穴などは見当たらない。近くに棚などもない。

 変だなぁ、と思いながら、机の上に視線を戻す。これも変な物体だった。小さくて、細長い紐のようなものがくっついている。角度を変えながら観察した彼女は、はたとそれの正体に気付いて悲鳴を上げた。

 下半身だけになった、小さなネズミの死骸だった。

 頭がなかったため、抜き打ちでは何だかわからなかったのだ。


「ビルの30階にネズミって、いるんですかね? ……というか、どこから落ちてきたのかとか、何で半分だけだったのか、とか」

 何もわからない、と麻里子さんは首を振った。

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