第7話 真夜中の靴
「素材はスウェード地っていうのかな? 俺、ファッションとか疎いし、まして女物だからブランドとか値段とかは見当もつかないけど」
秀明さんは、都内に住むシステムエンジニアである。仕事柄、夜更けに帰宅したり、まだ暗いうちに出勤したりすることがあるという。
彼の住むアパートはこじんまりした建物で、一階と二階に二部屋ずつが入っているだけだ。彼の部屋は二階の奥、202号室である。
いつからか、手前の201号室の前に靴が置かれるようになった。赤いハイヒールで、ドアの前にきちんと揃えてあるそうだ。
それがあるのは必ず真夜中で、日が昇ってからや、夜の早いうちには見かけない。だいたい日付が変わった頃に通りかかると、ほぼ100%の確率で見ることができる。
隣に住んでいるのは大学生と見られる男性で、会えば挨拶する程度の間柄らしい。育ちのよさそうな、礼儀正しくて爽やかな印象の青年だという。
「彼の持ち物ではなさそうだし、彼女とかが来ているにしても、玄関の外に靴は脱がないでしょ?」
見かけるたびに気になりつつ、秀明さんはただ通り過ぎるだけにしておいた。
仕事でトラブルがあり、どっと疲れて帰宅した深夜のことだったという。
うっかりしていて、秀明さんは例のハイヒールを蹴飛ばしてしまった。
思いがけず、転びそうになった。ハイヒールには重みがあった。まるで、目に見えない誰かが履いているようだった。
ぞっとして、慌てて部屋に転がり込んだ。鍵とチェーンをかけ、ほっと胸を撫で下ろした直後、外廊下に面した台所の小窓がバンバンと叩かれた。
窓を開けて、外を確認する勇気は出なかった。ベッドに入って、明るくなるまでひたすら寝たふりをしたという。
その後は何事もない。ただ、ハイヒールは今も隣の部屋の前に置かれ続けているそうだ。
思い切って隣人に尋ねてみたいが、それも恐ろしい気がして聞けないのだという。
「真夜中に来たら、多分その靴見られるよ。今度、来る?」
誘いを受けたが、遠慮しておいた。
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