第6話 電気は消せ


 佐々木さんが転職したのは、一年ほど前のことだ。

 かなりニッチな分野で活躍している会社だそうで、そのため競合他社がほとんどいない。佐々木さんも入社当時、その「ガツガツしていないところ」に驚いたという。

 そのため、遅くまで残業するという機会がほとんどなくなった。前職でほとんど体を壊しかけた彼にとっては、ユートピアのようだった。

 しかしそんな会社にいても、たまには遅くまで残らなければならない日がある。


 たまたま急ぎの仕事が重なったため、その日佐々木さんは、夜の十時過ぎくらいまで残業をしていた。

 フロアにいたのは、彼一人だった。残業をしない社風はありがたいが、こんな時は寂しいな……などと思いながら仕事をしていると、フロアの入り口が開いた。

 別の階にある部署の、年の近い先輩だった。若手が少ないので、別部署ながら仲良くさせてもらっていたという。

「やっぱり佐々木だったか。はい、差し入れ」

 そう言って、買ったばかりらしい缶コーヒーをくれた。

「俺はそろそろ帰るけど、まだかかるの?」

「はい、もうちょっと・・・・・・明日は一日出かけないとならないですし」

「そうかぁ。ところで、鈴木さんも残ってるの?」

 先輩は、もう一つ缶コーヒーを手に持ちながら、辺りを見回している。佐々木さんと同じ部署の、女性社員を探しているらしい。

「いえ、鈴木さんはとっくに帰りましたよ。お子さんがいますから」

「そうか? いや、さっきコンビニから戻ってくるとき、そこの窓のところに女の人が立ってたように見えたんだよね。だから、鈴木さんかと思ったんだけど」

「だいぶ前から俺一人ですよ。やだなぁ」

 そう言って佐々木さんは、先輩が指さした窓の方を振り返った。


 たった今まで誰もいなかったはずの窓際に、女が立っていた。

 長い髪を垂らし、白いブラウスに黒いスカートを履いていた。両手をだらりと体の脇に垂らし、歯のない真っ暗な口をいっぱいに開けていた。

 悲鳴を上げて、先輩と二人で会社の外まで逃げた。

 外からは、窓際に立つ女の後姿が見えていた。気のせいではなかった、と思うと、佐々木さんは腰が抜けそうになった。

 女は窓辺に立ち続けた。二人はどうしてもフロアに戻れず、そのまま帰宅したため、翌日総務部から呼び出しをくらう羽目になった。

「あの階ね、出るんですよ。でもね、何もしないから。電気は消して帰ってくださいね」

 こともなげにそう言われたそうだ。女の正体は不明だという。

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