第4話 開かずの間


 大学生の西田くんは、学内の男子寮に住んでいる。

 見た目は瀟洒だが、かなり築年数の経った木造の三階建てらしい。歩くとギシギシとうるさく、隣室や階上の音も漏れやすいので、至る所に「夜は静かに!」と張り紙がしてあるそうだ。

 他にも台所とバス・トイレが共有になっていたりと、不便なことはある。だが寮生同士の仲がよく、普通にアパートを借りるよりはかなり安い。教室や研究室がある建物にも近いので、入学から卒業までお世話になる学生は多いそうだ。

「もし卒業前にここを出ていくとしたら、彼女ができるか、『開かずの間』が原因でしょうね」

 そう西田くんは話す。


 その寮には「開かずの間」がある。

 三階の一番奥の部屋にはいつも入居者がおらず、鍵がかけられているという。どの部屋も同じだが、ドアには窓やのぞき穴の類はない。外からその部屋の窓を見ても、一面に板が打ち付けてあるので、中の様子はわからない。

 どうして開かずの間なのか、なぜ厳重に閉じられているのか、誰も知らないのだという。

 西田くんの同級生がその開かずの間の真下に入居していた。彼と親しくなった西田くんは、ちょくちょくその部屋を訪れるようになった。

 ある夜のことだった。日付が変わろうとする頃だった、という。彼がその同級生の部屋を訪ね、二人で話し込んでいると、階上で何かを落としたような、ゴトンという音がした。

 天井を見上げたが、その後は何の音もしない。二人は顔を見合わせた。

「この上って、開かずの間だよなぁ?」

「うん。誰もいないはずなんだけど……」

 同級生の不審そうな顔を見ていると、好奇心がむくむくと湧いてきたという。

「なぁ、お前って結構ここにいるだろ? 上から何か聞こえたことって他にもあるの?」

「ああ、やっぱりここに住んでると時々なぁ」

「マジ!? どんなの? どんなの?」

 西田くんの追及に、同級生はさらに話を続けようとした。その時だった。

 バタン! バタバタバタバタバタ!

 頭の上から、ドアを勢いよく開け閉めする音がしたかと思うと、足音が一気に階段を駆け下り、二階の廊下を走り抜けて、二人がいる部屋の前で止まった。

 もう、開かずの間の話をするどころではない。生唾を飲み込みながらドアを見つめる。前述のとおり、ドアには窓ものぞき穴もない。外を確認するには、ドアを開けるしかなかった。

「西田、どうしよう・・・・・・」

 同級生が呟いた。それはこっちが聞きたい、と西田くんは思った。

 だが、このドアを開かなければ彼は自室に戻れない。思い切って開けてみようと立ち上がり、ドアの前に立った時だった。

「ひぃっ、ひぃーーーーーーいいぃぃぃ」

 笑い声とも叫び声ともつかない声が、ドアの向こう側で響き渡った。

 女の声だった。


 朝が来るまで、二人とも部屋から出られなかった。

「風呂には入れないし、あとトイレにも行けなくて大変でした。でも、ドアの前にいる奴と鉢合わせしたらと考えると・・・・・・一生トラウマになりそうでしょ」

 男子寮にいるはずのない女性の声だったのが、余計に怖かったそうだ。

 後で他の寮生数人に聞いてみたところ、ドアの開閉音も、走る足音も、奇妙な声も、誰にも何も聞こえなかったという。


 あれだけ怖かったにも関わらず、西田くんも同級生もまだその寮に住んでいる。

 何しろお金がないから、だそうだ。

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