第3話 無駄口


 その夜、深田さんは黙々と残業をしていた。

 彼の働いている部署は個人で行う作業が多いためか、各人のデスクの間に仕切りがある。個々のデスクが、一つのブースのようになっているそうだ。

 その仕切り越しに、突然話しかけられた。向かいの席の三木さんという先輩社員だった。

 最初は無駄話をしていて、内容はよく覚えていないそうだ。おそらく「だるいよなぁ」「そうですねぇ」といった話をしていただろう、と深田さんは思い出す。

「深田、幽霊って信じるか?」

 突然三木さんがそんな話を始めた。深田さんは彼に対し、現実的な合理主義者というイメージを抱いていたので、驚いたそうだ。

「いや、俺は見たことがないんで、何とも言えないですね」

「そうか。俺は信じてるんだよ。というか、見るんだよ」

 ますます意外な発言に驚いている深田さんをよそに、三木さんは続けた。

「○○駅ってあるだろ、地下鉄の方の。俺、あそこから帰るんだけど。ホームで電車を待ってると、向かいのホームにいつも同じ女が立ってるんだよ。就活中の学生みたいな地味なスーツなんだけど、よく見ると裸足なんだよ。いつも俺の真ん前に立ってて、向こうのホームに電車が来ても乗らないんだ」

「その人、透けたり消えたりします?」

「いや、しない」

「じゃあ、普通の人間かもしれないじゃないですか。ちょっとおかしいというか、そういう感じの」

「いや、俺は死んでる人間だと思う」

 三木さんはきっぱりと言い切った。その後は会話が途切れてしまい、仕方がないので深田さんは再び、黙々と作業を続けたという。

 しばらくして、また三木さんに話しかけられた。

「おい、深田。ちょっと外に出てみろよ」

「え? 何でですか?」

「いいから出てみろって」

 変なことを言うな、と思いながら立ち上がった彼は、向かいの席を覗き込んだ。

 誰も座っていなかった。

 パソコンの電源は落とされ、机の上もきちんと片付いていた。

 フロアを見渡したが、誰もいない。ぞっとして部屋の外に出た。

 廊下に出ると、すぐのところに階段がある。

 すぐ上の階の手すりに紐をかけ、三木さんが首を吊っていた。


 警察の検証の結果、三木さんの死は自殺と判断されたが、深田さんをはじめとする社内の人々は「彼に死ぬような理由は見当たらない」と口を揃えた。

 あの時聞いた「裸足の女」が何か関係しているのではないか、とも考えたそうだが、「もしそうだったら、とても理不尽だ」と思えて仕方がないという。

 深田さんはそれから、地下鉄の○○駅は怖くて使えない。

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