第15話 今更、異世界転生要素


鉄仮面改め、死神メイドとしての地位を確立してから数日。

神様が来ることもなく、いじめられることもなく、日々を平和に過ごしていると、殿下の婚約者と名乗るものがやってきた。


薄いブラウンの髪の毛はくるくると丸まり、ウェーブどころの話ではない。

長く伸ばして誤魔化しているが、天然パーマっぽい髪質に見える。

短くしたら、お手入れが大変だろうなぁ。

顔は小さく、ほんのりピンク色の頬には、そばかすが見える。

胸も小さいが、背も低い。

なんというか、全体的に小さく、コンパクトな感じで、小動物のような愛らしさがある。

上背と胸の大きさならリノさんの圧勝だが、鉄仮面の愛嬌のなさは天下一だ。

しかし、婚約者は、可愛いだけじゃなかった。

ものすごく勝気な性格で、そこはリノさんも負けるだろう。

噂では、どこかの伯爵家の三女らしい。

貴族の世界はよくわからないが、一つだけ言える。

この人、殿下に嫁ぐのが嫌で嫌で仕方ないと言った感じだ。

殿下は面白がって、からかっているが、それがよくない。

むしろ、煽っているようにしかみえない。

わかってやってるんじゃないんだろうか。

だとしたら、殿下は本当に性格が悪い。


殿下は、この婚約者のことを気にいっているらしい。

好意がないことを隠す気もなく、自分のことを堂々と利用する気満々なところがいい。とかなんとか。

はぁ。左様でございますか。

歪みっぷりがハンパないというか、なんというか。

外見にとらわれない所が良いんですね。

わかります。

なまじ、見た目がいいと、変な人がたくさん寄ってきますもんね。

わかります。



その婚約者に脅迫状が届いた。

好奇な身の上の方にはよくある話らしいのだが、問題は、その中身だ。


「俺から婚約破棄を申し出ろと?」

「私個人としてはとても素晴らしい申し出なのですが、さすがに親が許してくれません」

「どこの馬鹿だ」

「こんな馬鹿馬鹿しいものが私の手元に大量に届いたものですから、怪しいと思う使用人には、暇を出しました」


大量の手紙をテーブルの上に叩き付けながら、ぷんぷんと怒っている。

なんだか、リスが怒っているようで、そんな仕草も微笑ましく感じてしまう。


「これを私の目の届くところに置いた人を見つけられなかったから、わざわざあなたに相談しに来たというのに。あなたという人は、本当に私に興味がないんでしょうね」

「お互い様だろう」


なるほど。

脅迫状の内容は、殿下から婚約破棄を申し出てほしいというものらしい。

そして、お嬢様は、そのことを婚約者である殿下に相談しに来たと。


横目で脅迫状を覗き見たが、訳変わらんって感じだ。

そしゃそうだ。

そもそも、私は読み書きの勉強の真っ最中だ。

リノさんは、私以外の人から見えないことをいいことに、堂々と手紙を見ていた。

幽霊になって、他人から認識されなくなったために、遠慮という概念が抜け落ちたらしい。

私は、お客様に給仕するためにその場にいたため、必然的に話を聞く羽目になり、なぜか意見を求められた。


「あなた、どう思います?」

「しかるべき場所に届ければよろしいのではないでしょうか」

「どう思うか聞いただけよ。あなたの意見なんて求めてないわ、馬鹿なの?」


明らかに不機嫌になられても困る。

あなた、どう思います?なんて聞かれたら、意見を求められていると思うじゃないか。

ほんと、お貴族様って難しすぎる。

この婚約者は、王子と二人きりでもこんな感じらしい。

ビジネスをする相手には、ちょうどいいんだそうだ。

私は空気みたいなものだから、気にならないと言っていたはずなのに、その婚約者様は、私に話を振ってきたくせに、返事が気に入らなかったのか、頬を膨らませて、明らかに不満の表情だ。

しかし、そんな態度すら可愛い。

全体的に、ちんまりしているせいか、小動物の様な可愛さがある。

ハムスターかリスだな。

愛嬌があるって、いいなぁ。

可愛い仕草でなんでも許してしまう人の気持ちがわかる。


「犯人を探すべきではないでしょうか」

「そんなことはわかっているわ。それで、これよ!」


お嬢様は、封筒を取り出した。

それは、どうやら、パーティの招待状らしい。


「主催は私よ。表向きは、ただのパーティなんだけどね」

「婚約破棄パーティか。なるほど。これなら犯人も食いついてくるだろう」

「そうよ。すでに、ちゃんと噂も流してあるわ」

「危険ではないのですか?」

「私は、次期王妃候補ですもの。このくらいこと、なんでもないわ」


殿下は妾腹の子だろうに、王妃候補とはこれいかに?

頭の中に疑問しか湧いてこない。

首を傾げ、考えていたら、ぱしんと音が鳴った。

婚約者が手に持った扇を鳴らし、とってもいい笑顔で私の顔を見る。


「あなた、このパーティに参加して下さいな」

「……は?」

「犯人を捕まえなさい。それがあなたの仕事ですわ。ね、いいでしょう?」


拒否するつもりだったが、雇われているという立場の私に、拒否権はない。

というか、殿下と結婚しても王妃になれないと思うんですけど。

王子様の伴侶はお姫様であり、王妃様ではないはずでは?

言い方の問題なのかもしれないし、あまり深く考えないでおこう。

婚約破棄を言い渡す手はずの主人も面白がり、珍しく乗り気なのも悪い。


「こいつの主人は俺だ。俺に許可は求めんのか?」

「あら?大事な大事な婚約者の身に、危険だ迫っているというのに、見捨てるほど薄情な旦那を持った覚えはないわ」

「まだ婚約者だろう」

「時間の問題でしょう?それで、貸してくれないの?」

「俺のものはお前のものだったな。好きに使え」

「どうせこうなるのはわかっていましたのに。男の人って、本当に言葉遊びが好きですね」


お嬢様らしく、一度こうだと決めてしまえば、テコでも動かない頑固者だったとは思わなかった。


「こういうことは、よくあることだから気にするな」


こんなことが頻繁に起こってたまるか。

殿下の言葉に、鉄仮面宜しく、無表情を装う。


「あぁ、そうそう。云い忘れていたけれど、今回は趣向を凝らして仮面舞踏会にするつもりですの。その方が、犯人だって、参加しやすいと思わない?」


婚約者は、自信満々に言い放つ。


「か、かめんぶとうかい??」


なんだそれは!

なんだ、そのいかにもな設定の舞踏会は!!

開いた口がふさがらなかった。

私の雇い主も、面白そうだと二つ返事で賛成して、「今度は何をやらかすのか楽しみだな」なんて言って、面白がっている。

頼むから、こっちを見ながら面白がらないでくれ。

私は日々を必死に生きているのに、平穏に生きていたいだけなのに、それなのに、そんな難易度高そうなイベントをぶち込まないでくれ。

お願いだ。

しかし、私のお願いなんて、きれいさっぱり無視されて、準備は着々と進行していった。


パーティには、ドレスが必要だ。

もちろん、そんなものは持っていないので、なぜか辺境伯の御屋敷にしまいこまれていた古いドレスを借りることになった。

意外にも、すっぽり入り、元のドレスを直すことなく、そのまま着ることができた。

ただし、若干、胸の部分がきついのはお約束らしい。

埃っぽいし、デザインも一昔前のものだから、早々にリメイクすることを心に決めた。

案の定、鉄仮面には爆笑される。


「(お前、本当に似合わないな!)」

「うっさいわね!元はあんたでしょ!自分で着てみればいいのよ!」


舞踏会だからと、ダンスの講習も一応受けたが、さっぱりできなかった。

だから、体育は苦手んですってばー。

ついでに、立ち居振る舞いと言葉使いも直すように言われたが、生まれついたものを努力でなんとかしようというほうが無理だ。


「つ、つらい……」

「(頑張れ)」

「自分でやってみればいいんだ」

「(残念だが、私にはこのくらい容易いのだが?)」

「はい、うそー」

「(嘘ではない!お前というやつは、本当に不遜なやつだな)」

「というか、パーティなんて上流階級の人たちが行くものなんじゃ?私みたいな場違いな一般市民が行くような所じゃないと思うんですよね、そもそも!魔物の巣窟みたいなイメージしかない」


お貴族さまたちの噂の的にはなりたくない。


「(道化は道化らしくしていればいい)」

「怖い!むしろ恐怖しかない!」


そうして、時間の許す限、みっちり鍛えられて、本番を迎え、案の定、というか、なんというか、無事に事件に巻き込まれ、犯人側に、逆に誘拐された。

どうしてだ。

どうしてこうなった!


 

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