第14話 実は、重大なことかも
なぜ、あのときすぐに気が付かなかったのだろう。
「リノさん!私、重大なことに気づいてしまいました!」
あまりのことの重大さに、廊下の真ん中で大声で叫んでしまった。
「(何だ、話してみろ)」
「もしかして、もう人殺しをしなくてもいいんじゃないんですか?!」
「(殿下の暗殺のことか?)」
「はい!それです!だって、死んだと報告されたわけですよね?ということは、もう家業に縛られなくていいということなのではないでしょうか?」
ふむ、と、リノさんはあごに手を添え、しばし考えた後に、こういった。
「(馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、お前は本物の馬鹿だったようだな)」
「なんですか、急に!大事なことなんじゃないんですか?」
「(今ごと気付いたのかと思ってな)」
「ぐっ!」
「(私は、馬車に乗れなかったあの日に気づいていたぞ)」
「それなら、少しくらい教えてくれてもよかったんじゃないですか?」
「(自らの死を偽装することもある。そういうことだ)」
なんだよ!
ものすごく重大なことに気づいたと思ったのに!
ひゃっほう!とか思った私が馬鹿みたいじゃん。
「(まぁ、今のうちに自由を謳歌しておくんだな)」
「それは、どういう意味ですか?」
「(兄が私をどうしたいのかは知らないが、生きていると知れれば、また任務に戻されるだけだ。つかの間の自由を謳歌しておけ)」
「ひえっ」
結局、暗殺という任務は無くなったものの、以前よりも状況は悪くなったかもしれない。
そんなこんなで、神様にも会えずに、日々を黙々と生きていると、人員補充の名目で、新しい女中が一人入ってきた。
ひっつめ髪で、背のぴしっとした可愛い子だと思った。
いなくなったいじめっこの代わりらしいが、なぜか彼女に懐かれた。
ご飯の時は積極的に隣に座ってくるし、用もないのに、ちょこまかと視界の隅を移動してくる。
「彼女、リノさんの後輩かなんかですか?」
「(さぁ?知らない顔だ)」
「じゃあ、ただの一般人で間違いないんですね?大丈夫なんですね?」
「(私が嘘をついて何の得になると言うんだ)」
素人の私でも、さすがにおかしいと思うくらいだったので、玄人に聞いてみたが、リノさんは全否定した。
ということは、暗殺者関連ではなさそうだ。
初対面の私が新人に好かれる理由なんてないから、たぶん、殿下の熱狂的な信者とか、そんな感じなのかもしれない。
しかし、あまりにも接触する頻度が高いため、釘を刺しておくことにした。
リノさんに体を返す日が来たときのために、あまり関わり合いにならない方がいいと思ったからだ。
私とリノさんの仕草や性格には、天と地ほどの違いがあるから、ショックを受けたら大変だ。
面倒になる前に、先手を打つべきだと思った。
それに、ここには、派閥がある。
所属するグループによって、その者の未来が決まってしまうと言っても過言ではない。
私を手ひどくいじめていたグループは、リーダーが消えたことによって空中分解した。
リーダー格の女性が、事故死したからだ。
ちりぢりになったグループは、仲が良かった人達で小さなグループを作った。
その中の一つが、性懲りもなく、私をいじめ続けている。
せっかく入ってきた新人さんに変なことを吹きこまれる前に、味方につけておくのは重要かもしれないが、もし何かあったら、責任は取れない。
私と一緒に、いじめのターゲットになってしまったら、可哀相だし。
辛くても、現実を受け止めてもらわなければならない。
「ここで働くなら、私と仲良くしない方がいいよ」
まーた業務中に近づいてきた新人ちゃんに向かって、冷たく言い放ってみた。
彼女は、きょとんとした顔で、首を傾げる。
まさか天然ちゃんか?
あざと可愛いを狙っているのなら。私には逆効果だ。
「どうしてですか?」
「わかるでしょう?私、嫌われ者みたいだから」
新人ちゃんは、そんなことを言われると思っていなかったらしく、ショックを受けたようだ。
仕方ない。
私だって、こんなことを言いたくはないのだが、言わねばならない。
「先輩に色々教えてもらいたいんです」
「そういうの、迷惑なんですけど。そもそも、私だって初心者だし」
「お願いします!」
「私なんかより、メイド長に教えてもらえばいいんじゃないかな」
「どうしてもですか?」
「どうしてもです。私、そういうの苦手だから」
理由はわからないが、なぜか私を慕ってくれている新人ちゃんには、本当に申し訳ない。
これは必要なことなんだと、心を鬼にして、新人ちゃんを突き放した。
友達が欲しいなら、よそを当たってくれたまえ。
ほんとごめんね!
その日から、新人ちゃんは、私の周りをウロウロしなくなった。
ホント良かったー。
この時ばかりは、心の底から安心したね。
リノさんに、私の交友関係を引き継げなんて言えないもの。
新人ちゃんは、そのあと、いくつかのグループを渡り歩いた。
ここには、働きに来ているのであって、友達を作りに来ているわけじゃない。
それでもやはり、住み込みで毎日顔を合わせている以上、最低限の交友関係というものは必要だろう。
元々、暗殺をしに来ていたリノさんには必要ないものだが、新人ちゃんには必要だと思うから、いいことだと思った。
こんなときにも、事件は起こる。
昔、私たちをいじめていた人たちが、怪我をしたのだ。
脚立から落ちて骨折したとか、ドアに激しく指を挟み、切断したとか、そのほとんどが、自分の不注意から起きた事故だと処理されたのだが。
「この事故って、もしかして、お兄様の仕業ですか?」
「(兄が犯人ならば、こんな生ぬるいことはしない)」
「こわっ」
リノさんの言葉に、思わず、肩をすくめてしまった。
それども細々と私をいじめ続けていた人たちが、更なるけがをしたり、家族の不幸があったりで、屋敷を立て続けに辞めていった。
こちとら、少数精鋭でやってきたために、人手が足りなくなったのだが、補充されることはなかった。
それはなぜか。
一重に、この屋敷の持ち主である辺境伯と呼ばれる人からの圧力があったためである。
殿下は、元々、ここの生まれではない。
幼少時代も違う場所で過ごし、こことは縁もゆかりもなかったそうだ。
それがなぜ、こんなところにいるのか。
聞くところによると、跡目争いに巻き込まれたからだという。
殿下の母は、正室でも側室でもない、ただの女中だったそうだ。
気まぐれから、王様に手を付けられ、望まぬ妊娠の末に生まれた子だとかなんとか。
ほんとにあるんだ、こういうの。
で、男児だったことが災いして~なんて、お決まりのストーリーを辿るわけだ。
殿下自身は、王選の候補者に名を連ねているものの、積極的に行動しようとはしないみたい。
そりゃそうだ。
暗殺者を送り込まれるくらいだもんね。
嫌気がさすのも、まぁわかる。
そんなこんなで、ひょんなことから、知りたくもなかった殿下の出自なんかを知ることになったのだが。
私をいじめていた人全員がいなくなり、生活環境がよくなったのはよかったのだが、あだ名が変わったらしい。
「鉄仮面」から「死神メイド」にグレードアップした。
リノさんは、空中を転げ回って大笑いしている。
鉄仮面と呼ばれるだけあって、表情筋が固まっているのだろう。
腹を抱えて笑っているが、表情はいつもと変わらない。
正直、気持ち悪い。
「(ははは!いいざまだな。もっと早くお前に任せておけばよかった。この調子で、暗殺も成し遂げてくれ)」
「勘弁してよ」
それに、もう里の者じゃないんだから、暗殺もしなくていいんじゃないんだろうか。
そんな疑問が頭をよぎったが、リノさんには何も言わないでおいた。
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