第13話 もちろん兄も同業者

兄は妹が可愛いものらしい。

最近、それが顕著に出てきてしまっているように思う。

他人の私がそう感じるのだから、周りがそう思わないわけはなく。

兄と妹だとなぜか公言しているらしく、皆には生温かい目で見られている。

兄妹で、できている。なんて噂があるくらいだ。

兄も、見た目だけは殿下並みなので、兄を狙っている女性も少なくないのだとか。

その方たちの嫉妬の目は、私に向くわけで。

正直、勘弁してもらいたい。


「お前の妹に、身請けの話が来ているぞ」


殿下は、兄を引きとめて、周りをろくに確認もせずに、そんな言葉を口にする。

もちろん、周りにいた者は、瞬時に聞き耳を立てた。

話題の中心である私も、そのうちの一人だったのだけれど。


どうやら誰かが、殿下の伯父に口利きしたらしい。

庶子の傍仕えの侍女が辞めたがっている、と嘘を吹きこんだ。

どこかにいい引き取り先はないものだろうか。と。

嘘を書き立て、並び立て、あることないことを事実としてでっち上げた。

するとどうだろう。

話に尾ひれがつき、「殿下の恋人が我が儘を言い、殿下お付きの優秀な側使えの侍女が、お払い箱になるらしい」という話が広がった。

あぁ、可哀想に。女の嫉妬は怖いからな。是非、家で引き取ろうじゃないか。

叔父は、真っ赤な嘘を信じて、引き取り先として、自分のところにと、あっせんしてきた。

ひいき目に見ても見目麗しい殿下に対して、好意のかけらほども持っていないメイドはなにかと好都合だったが、叔父からのたっての願いを拒否するわけにはいかなかった。


「王子に興味の一欠けらさえ持っていない傍仕えなど、今後現れるかどうか。手放してよろしいのですか?」

「俺には決められんさ。伯父上からのたっての希望だからな」

「王の弟君ですか?」

「あぁ。少し惜しいような気もするが、仕方あるまい。それとも、お前が娶るか?」

「御冗談を」

「あながち、冗談でもないんだがなぁ」


殿下が断る理由もないし、手元に置いておかなければならない理由も特段ない。

そのため、話はとんとんと進んでいった。



鉄仮面としての私は、ひいき目に見ても、嫌われていると思う。

自分に対する評価はマイナス。

救いの手は差し伸べられず、むしろ、勝手にしろと言わんばかりに非協力的ですらある。

影で悪口も言われ放題だし、意地悪だってされる。

靴を隠されたり、自分の分だけご飯がなかったり、あからさまな嫌がらせばかり受ける。

なんで?

いじめのテンプレみたいなことされてる理由が分からなかった。


「つらくて死にそう。リノさんってメンタル強いですよねー」

「(なにか問題か?この程度で死ぬような私ではない)」

「いや、私の心が折れそうなんですけど」


そうか。

原因は、リノさんだったか。

マイナスの感情をプラスに持っていくのは、なかなか難しい。

一度、嫌いだと感じたり、敵認定されてしまった場合、その評価を覆すことは非常に困難である。

元々、興味も持たれない、好きでも嫌いでもないどうでもいい相手だと思われているのならば、話は別だが。

ここまであからさまに嫌われていると、もうどうしようもない。

可能性はゼロだ。

表面上は、問題ありませんみたいな態度でいるだけ、まだマシなのかもしれない。

ここは、魔窟だ。

私が折れるのが先か、神様が何とかしてくれるのが先か。

こんなことで、貴重な神頼みを使ってしまうほど、馬鹿ではないので、自分で何とかしなくちゃとは思っている。


そんな様子をリノさんの暗殺者組織の先輩に見られて、「問題あり」と判断されたらしい。

役立たずとなったリノさんを処分するために、違う人のところに移動するという話が来たのだ。

しかも、メイド長として引き抜きたいとかなんとか。

嘘ばっかり。

本当は、引き抜き、円満解雇したと思わせて、処分する魂胆なのは見え見えだ。

話はとんとんと進んだらしく、明日の朝一番に迎えの馬車が来るからと言われた。

昨日の今日だぞ、そんな馬鹿な。

しかし、事実らしく、殿下から労いの言葉を頂いた。


「昇進するそうだな。おめでとう」

「ありがとうございます。今まで大変お世話になりました」


殿下に頭を下げて、お別れの挨拶をしてみる。

今日の明日で、急な話だ。

リノさんは、仕方ないという顔をしていたから、そういうものなんだろう。


このタイミングで新しい使用人も補充され、私は払い下げられる。予定だったのだが、どういう訳か、直前で、その話はなくなった。

出発当日。

呼ばれたのは、私を一番嫌っていて、いつも手ひどくいじめてきた別のメイドだったのだ。


「えっと……」

「あなたがメイド長ですって?冗談は顔だけにしてくださいませんか?勘違いも甚だしい。しっかり準備しちゃって。自意識過剰にも程がありましてよ」


荷物といっても少なくて、たったひとつの旅行鞄を持つ私をあざけ笑い、まるで勝ったと言わんばかりの態度で、彼女はたくさんの荷物を携えて、私の代わりに、意気揚々と迎えの馬車に乗り込んでいった。

困惑する私にかけられた言葉はただ一つ。


「持ち場に戻りなさい」


その一言だった。

そうして、ぽつんと一人取り残された勘違い女は、皆の笑いものになった。


「おかしくない?!」

「(兄が手を回したのかも知れない)」

「妹思いの出来たお兄さんですねー」


私になり変かわったいじめっ子は、お屋敷につく前に、馬車ごと崖から転落して命を落としたそうだ。

本当は処分される運命だったのに、兄のおかげで死なずに済んでしまった。

その遺体は酷く損傷していて、顔は潰れていたとかなんとか。


「(おそらく、兄の働きだろう。兄はいつだって完璧だからな)」

「そうですかー」


恐ろしい兄だと思った。

流石、暗殺を生業にしているだけのことはある。

そして、本当に妹思いの兄だったんだと、理解した。

まさか、代役を立て、私の身代わりにするなんて。

これ、組織に私が生きてるってばれたらまずいんじゃないだろうか?

次こそ、死角が送り込まれるかもしれない。

実は、内心、びくびくしている。


そして、別れの挨拶をしたのに戻るなんて、ものすごく気まずかったが、仕方がないため、雇い主である殿下に報告しにいったびだが、話は伝わっていたのだろう。

のこのこ帰ってきた私の姿を見て、明らかに笑いをこらえていた。


「なんだ。もう袖にされたのか」

「はい。どうやら、手違いがあったようです。申し訳ありませんが、またこちらでお世話になります」

「あぁ、そうだな」


ゆっくりと頭を下げると、殿下はニマニマと嬉しそうにしていた。


「あの、なにか?」

「いいや。茶を頼む」

「はい。ただいま、ご用意いたします」



後日、殿下に買われた例の先輩が屋敷にやってきた。

何も知らなかった私は、朝一番に、殿下のベッドの前で会うことになった。


「おはようございまー……ああああ!」


向こうは口をあんぐりと開けて、驚きを隠せないようだった。


「服を着てください!」


剥いだ布団を乱暴に掛け直して、後ろを向くと、何がおかしいのか先輩に大爆笑された。

その隣で、殿下は怪訝な顔をする。


「なんだ?知り合いだったのか?」


全裸で、涙を流しながら、大爆笑している男。

わけわからん。

先輩は、一通り笑ったあと、殿下に向かって、朝食をねだっていた。


「どういうつもりなんだろ?」

「(あやつの考えていることなど、私にわかるわけないだろう)」


殿下の御注文通り、二人分の朝食を部屋に持っていくと、朝日が射す部屋の中、豪華な寝台の上で服も着ずに、二人でいちゃいちゃしていた。

勘弁してくれ。

こういうのは、読むのはいいが、実際に目の当たりにすると生々しくていけない。


「朝食を!お持ちしました!」


わざと大きな声を出してアピールして、テーブルに置いた。

下々の者のことなど意に介しないのだろう。

本当に気にすることなく、二人はまだ抱き合っている。

こちらとしても、無視をした方がいいようだと判断して、部屋を後にした。

さっさと帰ってくれればいいのに。

帰ってくれないと、仕事が進まない。

殿下の部屋の掃除ができないので、窓ふきをしていたら、例の先輩が声をかけてきた。

もちろん、全裸ではなく、ぴしっとした服を着ている。

色々なことが、やっと終わったらしい。


「お前、生きてたんだな」


先輩は死んだ(始末した)と報告を受けたらく、死体も確認され、私の存在は完全に抹消されたのだと言う。

それなのに、生きていたから驚いたという話だ。

いや、知らんし。


「実は私が生きてるって報告しますか?」

「いいや。俺に報告する義理はないし、依頼も受けちゃいない。せっかく生きながらえた命だ。無くさないようにしろよ」


かっこつけて、いい笑顔でそんなことを言われましても、もう死んでるんですけどね、私。

会釈で返すと、彼は鼻で笑い、来た道を戻って行った。

え、わざわざそれを言うためだけに来たの?

暇なんですねー。

変な人だなぁ。


「(あいつが帰ったのなら、殿下の部屋の掃除をしろ)」

「はいはい。わかりましたよ」


よっこいしょ、と、木桶を持ってその場を後にした。



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