第10話 おにいちゃんは心配性

一方、そのころ。

リノさんの兄は………





「鉄仮面の、鉄の仮面が取れた」


屋敷中がその話で持ちきりだった。

そんなばかな、そんなはずはない。

そう思って、こっそり見に行ったら、本当だった。

努めて表情を失くすようにしているようだが、ふとした瞬間に忘れてしまうのか、こらえられなくなるのかは分からないが、笑ったり、怒ったりしている。

それは、空を飛ぶ鳥を見つけた時や、石畳みの隙間に咲く小さな花を見つけた時、なにかを食べている時や、虐げられている時。

何があったかは分からない。

幼い時は、ちゃんと笑い、ちゃんと泣いていた。

しかし、ある時から感情を失くしたようになってしまった。

親方様は喜んだが、俺は非常に悔いている。

妹が笑うと、世界は明るく感じた。

妹が泣いた時、慰めるのは俺の仕事だった。

怪我をした時、手当てをしてやった。

寒い夜は、風邪をひかぬようにと、抱いて眠りについた。

縫物を教え、山の歩き方を教え、魚の取り方を教えた。

生きるための知恵を教え、文字を教え、作法も教えた。

ありとあらゆることを教えた。

俺が作り上げた、俺だけの大切な大切な妹だ。

今でもその気持ちは変わらない。

他人に無関心で、自分さえもどうでもいいように扱うあの妹が、野良猫をいとおしそうに撫でていた。

今まで見たことのない、なんともいえない表情を、畜生(野良猫)に向けている。

腸が煮えくりかえるかと思った。

あんな畜生のどこがいいのか。

あんなものは、俺の可愛い妹ではない。


「お前は誰だ?」


そう問いただした時の表情が忘れられない。

驚き、悲しみ、疑問。

そんな感情を隠しもせずに、素直に表に出し、挙句の果てには、泣きだす始末だ。

あれは、俺の妹ではない。

妹の皮をかぶった別人だ。

俺の愛する妹は、どこに行ってしまったのだろう。

あの皮を剥いでしまえば、元の可愛い妹に戻ってくれるだろうか。

しかし、そんなことも出来ないままに、時間だけが流れていく。

顔を合わせれば明らかに怖がり、避けられると、胸のあたりが重くなる。

あれは、俺の可愛い妹に違いはないはずなのに、なぜ俺に向かって、そんな態度をする必要があるのか、理解に苦しむ。

しかし、受け入れなければならない。

良くも悪くも、人は変わるものだ。

中身が変わろうとも、大事な妹に変わりはない。


しかし、最近の男どもの会話には嫌悪の気持ちしか湧いてこない。

悪いものでも食っただと?

毒にはある程度慣らされているから、その程度でおかしくなるわけがないだろう。

頭を打ったと聞いたが、だからなんだと言うのだ。

数え切れないほど死にかけてきたんだ。

いまされ、そんなことで頭がおかしくなどなるものか。

恋人ができた?

……それは、捨て置けん。

誰であろうと、大事な妹に指一本でも触れたら、首を切り落としてやる。


おっと。いかんいかん。

妹からは過保護だ過干渉だと言われるが、仕方ない。

血は繋がらぬが、たったひとりの妹なんだ。

大事だと思わぬ方がおかしい。

妹を守るのは、兄として当然のことだ。

本当は、家業から足を洗わせてやりたいが、本人が望まぬのだから仕方ないだろう。

しかし、いつかは一人の女性としての幸せを掴ませてやりたいものだ。

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