第9話 鉄仮面の秘密

リノさんのお兄さんは、兵士としてここに雇われたらしい。

こんな辺鄙なところに志願してやってくる者も少なく、腕も立つし、なかなかのイケメンという理由で、よく調べもせずに即日で雇い入れられたと言っていた。

なんだそれ?

そんな馬鹿な話ってある?

仮にも殿下が御滞在しているのに。

リノさんに、そう聞いてみたら、兄がここに来たのは、殿下がこちらにいらっしゃる半月前の話らしい。

それはそれで怪しい感じがするようなしないような。

素人の私でもそう思うのに、以前はこちらにいらしたという辺境伯様は、いったいどのような方なんだろうか?

気になる。

お兄さんのここでの仕事は、国境付近の警備や調査が主で、まれに殿下の護衛なんかもしているとかなんとか。


……なんだろう。

暗殺家業の人の仕事って、人を殺すことだけじゃないんですね。

さっと殺して、はい、おしまい!って感じじゃないんだ。

以外と大変なお仕事なんでございますねぇ。


お兄様は今まで、国境周辺を調査していたらしいが、リノさんの変容の噂を聞きつけて戻ってきたのではないかというのが、彼女の見解だった。

あぁ、やっぱり、わたしのせいですね。すみません。


「(私の噂など、嫌でも耳に入るからな)」

「不思議なことに、私もですよ」


当の本人の耳にまで入ってくる噂話とは、これいかに。

人の噂話というものは、どの世界でも会話のネタになるらしく、この狭い箱庭の中で、最近では、もっぱらリノさんのことが話題の中心だった。

そして、少し前にとんでもない会話を聞いてしまい、護身術を中心に教えてもらうことになった。

以下が、その内容である。


「悪いものでも食べたんじゃないか?」

「頭を打ったらしいから、ネジが外れたんだろう」

「もしくは、恋人ができたのかも知れんぞ」

「鉄仮面を好きになるやつなんかいないだろ」

「あの鉄仮面を泣かせてみたいとは思うけどな」

「はぁ?お前も物好きだなぁ」


とまぁ、こんな感じでした。

泣かされるような事態になったら困るので、訓練にも力が入りました。


「(兄に命まで取られたくてよかったな)」

「どうしてそんなに冷静なんですか?私は、怖くて仕方ありませんけど」


見逃されたのだと、鉄仮面は言う。

あの時、あの近くに人の気配がしたために、手を出さなかったのだと。

幸運だと言っていた。


「(お前がもっとまともなら、兄だってあんなに怒ったりしない)」


と、鉄仮面ちゃんはいたくご立腹だった。

曰く、兄は真面目な性格で、妹の自分をとても大切に思っているらしい。

大切に思っているのなら、どうして暴力行為に出たんだ。

わけわからん。


「リノさんが結婚するときは、大変そうですねぇ」

「(それは一生ないから安心しろ)」

「へ?どうしてですか?」

「(実はな)」


前置きは重かったが、話は簡潔だった。

彼女の話し方は、いつだって明朗明快だ。

曰く。リノさんは、男の人が苦手、というか嫌いレベルなのだという。

夜の作法を仕込まれて、気持ち悪いと嫌気がさしたらしい。

まだ幼い時のことだ。

暗殺家業には必修科目だったから仕方なく覚えたが、実践に活かされたことは一度もない。


「はー、大変ですねー」


完全に他人ごとだ。

体は借り物なわけだけど、正直、胸だって前の私より全然あるし、そのくせ体は引き締まっているし、顔もまぁ、悪くない。

実は、ちょっと気に入っているのは、秘密だ。

それを利用しないところに、好感が持てる。

色仕掛けなんかに使わないっていうのは、個人的に助かっている。


「(お前はどうなんだ)」

「どう、とは?」

「(殿下が好きです、とか言い出さないでくれよ)」

「無理ですよ。顔が良すぎて鑑賞対象としか思えないですし、結婚したら苦労するのが目に見えてます」

「(いい心がけだな)」


リノさんは、感心したように頷きながら、天井に寝転んで、私を見下ろしていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る