第7話 さっそく、ばれましたけど? 



私の仕事は、朝の目覚まし時計よろしく、殿下を起こしに行くことから始まる。

不思議なことに、目覚まし時計がなくても、早起きできるようになった。

リノさんって、すごい。

事後を警戒していたが、今日は一人で寝ており、ちゃんと服を着ていた。

警戒心丸出しだったのか、見事にからかわれて、盛大に笑われた。

なんか腑に落ちない。

というか、いい大人が、女中を目覚まし時計代わりに使うってどうなの?と疑問に思い、リノさんにぶつけてみたら、別に普通のことだし、他の者にはさせられないのだとはっきり言われた。


「(あの通り、顔だけは綺麗だからな。寝込みを襲われたり、逆に誘惑されたりと面倒だったらしい)」

「じゃあ、なおのこと、自分で起きたらいいんじゃないのかな?」

「(あいつが自分で情事の後処理をすると思うか?)」

「あー、自分じゃ後片付けしないタイプか」


そこで、疑問がわいた。


「リノさんはいいんだ」

「(私は身持ちが固いから、問題ないらしい)」


身持ちが固いって、そういう意味だっけ?

まぁ、鉄仮面だしな。

色事とは、縁がなさそうだ。

しかし、今の殿下の境遇って、もしかして。


「もしかして、殿下って、仕事とかない感じ?」

「(そんなことはないが、今は情勢が悪い。あいつはあれで、相当頭がいいからな。今は道化を演じるしかないのだろう)」

「そうなんだ」


殿下のことを、なんだか可哀相に思ってしまう。

妾の子だから迫害されて、こんなところで引きこもりみたいな生活をさせられて。

同情したからって、自分に何ができるってわけじゃないんだけどね。



本日もさっそくお茶を所望され、持っていったのはいいが、なぜか視線を感じる。

無視していたら、今度は明確に見られていると思う。

やばい。

露出狂のくせに、顔だけはやたらめったらいいんだよ。

むかつくことにさぁ。

さっと視線を移動させた。

視界に入らなければ、どうということはない。

給仕を済ませて、さっさとここから出て行こう。

うん、それがいい。そうしようと、私の中で全会一致でそう決まったのだが、殿下とは意見が食い違ったようだ。

かちゃかちゃを食器を鳴らしながら、紅茶と茶菓子を用意していたら、ふいに手首を掴まれた。

びっくりして、相手の顔を見ると、向こうは値踏みでもするかのような目でこちらを見ている。


「それで、お前は誰だ?」


どきんと心臓が鳴る。

さっそく看破られたー!

そりゃそうだよね。

私とリノさんじゃ、全然違うもの。

うまくごまかせるなんて思ってないけどさぁ。

それでも、こうもはっきり言われると、それはそれは傷つくわけで。

リノさんは、ぷかぷかと天井付近を出たり入ったりしている。

楽しそうだなぁ、おい。


「仰っている意味がよくわかりません」


助け船は期待できないので、自分で何とかしようと、背筋を伸ばして、なるべく真顔になるように徹してみたが、上手く出来たか自信はない。

露出狂の庶子様は、口元を押さえ、ニヤニヤしている。


「お前の事情は察しているつもりだ。そう言うことにしておいてやる」

「ありがとうございます」


頭を下げて、部屋を出た。

どんな事情を察していると言うんだ。

全くもってわからん。

もしかして、いい歳して中二病発動してる痛い奴だとか思われたんだろうか。

だとしたら、軽く死ねる。

そんな勘違いはしてほしくない。

訂正させてもらわなくてはいけない。


「あれ?リノさんは?」


自分の世界に入りすぎていたようだ。

気がつくと、リノさんはいなくなっていた。

いつも、私の周りをぷかぷか浮いて、つかず離れずでついてくるのに。

まさか、私を置いてどこかに行ってしまったとか、そういうオチじゃないですよね?

きょろきょろと、周りを見ていたが、彼女の姿はどこにもなかった。 

勝手に消えるとか、信じられないんですけど!

彼女の自由さを羨み、やっかみ、掃除にも力が入る。

怒りの矛先は、自称神様にも向き、今度会った時には、絶対に文句言ってやろうと、心に決めた。


夕方。食堂の隅でご飯を食べていると、リノさんが戻ってきた。

彼女は、相変わらずの無表情で、悪いと思っている様子もない。

というか、本当に悪いなんて思っていないんだろう。

自由に行動できるからと言って、私を一人で放置していいことにはならないと思うんですけどね。


「(変わったことはなかったか?)」


なんて人だ!

ここまでいいかげんだとは思わなかった!

彼女が、私の正面に座るのを待ってから、小さな声で話しかけた。


「鉄仮面がいなくなりました。それから、さっそく殿下にばれました」

「(問題ない。仕事さえこなせば、首を斬られることもないだろう)」

「全然、自信ありません。辞めさせられたらごめんなさい。今のうちに謝っておきますね」


ぼそぼそと固いばかりのパンをスープに浸して柔らかくする。

柔らかくなったところを、ぐっちゃぐっちゃとかきまぜていると、変な目で見られた。

別にいいじゃん。

好きに食べさせてくれよー。

いつまでも隠し通せるのものじゃないのはわかってる。

わかってはいたが、殿下からは誤解され、いらぬ配慮をされたようで怖いんですけど。

ぐるぐるとかき混ぜていたら、さっきまで背中を向けて座っていた男性が、こちらを向いている。

リノさん越しに目が合った。

手を止め、警戒の姿勢を見せる。

ここにきて数日。

リノさん以外の人と、まともに話したことはない。

興味を持たれるのはいいことだろうけど、私に演技の才能はない。

リノさんには申し訳ないが、鉄仮面になりきる自信なんてこれっぽっちもない。

だから、周りとの交流は、必要最低限で済ませていた。

陰キャってわけでもないんだけど、まぁ、別にいいかと思っていた。

実際、そのほうが楽だし。

その彼が、リノさんをすり抜けて、私の向かいに座る。


「お前、大丈夫か?」


まさか心配されるとは思わなかった。

視線をスプーンの先に戻して、目を合わせないようにする。


「頭を打ったせいだと思います。すぐに治りますので、ご心配なさらずに」

「そ、そうか。本当に大丈夫か?」

「はい。ご迷惑をおかけしてすみません」


ざわざわと周りがざわついているのがわかる。

リノさん、今まで周りの人をどれだけ邪険にしてきたんだよ。全く。

私の一挙一動が、驚きの対象になっているらしい。

ほんと、すみません。

うちの鉄仮面が申し訳ない。


「なにか心配事があったら、相談に乗ってやるから、元気出せよ」

「はい。ありがとうございます」


彼は、いい人なのだろう。

リノさんの様子がいつもと違うことを心配して、声をかけてくれたのだ。

なんていい人。

名前も知らないけれど。

目の前でこんなことがあったのに、リノさんは相変わらず、つまらなそうにしていた。


そうして、今日もなんとか乗り切ることが出来、さっさと休もうと思っていたのに、部屋には先客がいた。

思わず部屋を出て、ここは自分の部屋だよね。なんて、テンプレみたいなことをしてしまった。

うん。間違いなく、私の、というかリノさんの部屋でした。

すると、部屋の内側から声がかかる。


「時間がないので、入ってもらっていいですか?」

「あ、はい」


それは、初日に会った自称「神様」だった。

彼は、あのうすーい笑顔で部屋に招き入れてくれた。

いや、ここは元々リノさんの部屋だから、招き入れた、ではおかしいか。

まぁ、いいけど。


「いやー、生きてましたか。殺されてたらどうしようかと思いました」

「え?そういうレベルの問題だったんですか?」

「はい。フォローはしたんですけど、上手く行ったかどうか自信はなかったんですよねー」


にこにこと軽い感じで言ってるけど、話の中身は重い。

死んでたらどう責任取るつもりだったんだろう。

ほんと、謎な人だ。


「(それで、どうなったんだ?)」


リノさんも食い気味に神に突っかかっている。

よし、その調子だ。

こちとら、SSRの好条件をもぎ取るまでリセマラするつもりなんだからな。

条件を勝手に決められては困る。


「すみませんが、もうしばらくそのままでお願いできますか」

「(はぁ?!)」

「じゃ、そういうことなんで」


そういって、すぐにぱっと消えてしまった。

ほんとに時間なかったんだね。


「(だから神など信じられぬのだ!)」

「は、ははは」


やばい。

あまりに酷い状況に陥ると、人間、笑ってしまうものらしい。

どうしろしろというんだ。

この先、私にどうしろと。


リノさんは怒りのあまり、天井をぐるぐる回っているし、私も、なんて言葉をかけていいか分からない。

まだまだ先は長そうだ。



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