第6話 お仕事~ パート2
「何あの人?頭おかしいんじゃない?」
「(あれが対象者だが?)」
「は?どっち?」」
「(金色の方だ。あれを殺せば、私の仕事は終わりだ)」
あの、イケメン露出狂を殺すの?
というか、殺すとか、本気だったんだ。
リノさんの職業は聞いたけど、業務内容までは詳しく聞いていなかったな。
「リノさんのこと、色々教えてもらってもいいですか?」
「(構わないが、さっさとそれを洗い場へ持っていけ)」
「はいっ!」
汚れものをいつまでも抱えていたので、洗い場へ持っていくと、洗濯担当の方がすでに仕事に取りかかっていた。。
「(そこへ置いておけ)」
小さく頷き、籐で出来た大きな籠に入れる。
洗濯機の様なものがあったので、そこで洗うんだろう。
この世界は、よく分からないことだらけだ。
あとで、ちゃんと見にこよう。
「よろしくお願いしまーす」
声を掛けると、まるで化け物でも見るかのような目で見られた。
おっと。
鉄仮面は、挨拶なんてしないのか。
「(次は飯だな。さっさとしろ)」
軍隊か何かかな?
どうして、リノさんはそんなに偉そうなんだ?
すごく不思議でならない。
まぁ、いいけど。
その後、ご飯を食べられるというので、昨日行った食堂へ向かう。
といか、ここって一体どういうところなの?
お城みたいだけど、大きなお屋敷みたいな感じもするし、未だに全容がつかめない。
昨日来たばかりだし、仕方ないか。
今日は、食堂にも厨房にも人がたくさんいた。
リノさんに教えてもらいながら、列に並び、トレーにのった食事をもらい、適当な場所に座って食べた。
相変わらずの色どりのおかしさだが、この世界ではこれが普通だから、慣れるしかない。
味は、普通。
期待した分、ちょっとだけ残念だった。
異世界メシ、ちょっとだけ楽しみにしてたんだよね。
食事中、リノさんに色々質問した。
ここのことが、まるで分らなかったから。
彼女のの簡潔かつ無説明なお言葉を、自分なりの解釈と想像による補足で補った結果、自分の置かれた状況が少しだけわかった気がする。
冷静になるためにも、ちょっとここで整理しよう。
リノさんがいうところの対象相手というのが、さっきの金髪露出狂。
名前は、エリクシア・ハウゼン・ミューンスタッド・シュナイゼン。
長ったらしくて覚えられかったのでメモを取ったら、リノさんから変な目で見られたけど、気にしないでおく。
横文字の人って、どうして長い名前をつけたがるのだろう。
理解に苦しむ。
長くて覚えられないと訴えたら、敬称で呼べば失礼にならないと言うことなので、以後、殿下と呼ぶことにした。
周りの者は、皆そう呼んでいるらしいので、右に倣えで、私もそうすることにする。
殿下、というのだから、身分が高いのかと聞いたら、王様のご子息様だという。
しかし、ここはお城ではなく、辺境伯のお屋敷なのだと言われた。
実際、外から見てみると、大きなお屋敷ではあるが、確かにお城ではない。
周りはひろーい庭が続いている。
というか、自然以外、他には何もない。
辺境に住んでいるから、辺境伯?ときいたら、思いっきり呆れられた。
いや、こっちの世界の一般常識、知らんし。
リノさんの、くどくどとした説明は続く。
ここは僻地で国境(くにざかい)に位置しており、いわゆる、国境の砦のようなものだ。
辺境とは聞こえが悪いが、きちんと大事な任を担っているという。
そこに預けられている殿下の世話係が、リノさんの仕事だ。
彼は王様のご子息ではあるが、側室の子だという。
庶子ということは本人も周りも知っており、庶子だと言うことで、期待されていないことも理解しているので意外と自由にやっていた。
それが自分勝手な振舞いだと取られ、正室の子から疎まれているため、兄弟仲はよくないらしい。
側室は、殿下が幼い時に死んでいる。
明確な理由は不明だそうだ。
そのことが、人格形成に深く影響しているのは、間違いないだろう。
なんか、ものすごい事故物件というか、持て余したからここによこされたというか。
逆に考えれば、ここなら安全だろうと思い、預けられた感じがしないでもないけど、暗殺者が出入りしている時点で、アウトな感じがしないでもない。
与り主の辺境伯は、殿下に対して同情の気持ちはあるが、どうにかしてやろうという気持ちまでは無かったらしい。
殿下がここに越してきて早々に自分だけ別宅に引っ越して、今はそこで暮らしているのだという。
なにそれ?
つまり、関わり合いになりたくないから実質、放置ってこと?
だから、この屋敷には、使用人の数も少ないらしい。
辺境伯曰く、少数精鋭だとかなんとか。
リノさんも、この現状で事を起こしたら、自分の痕跡を消すのは困難だからという理由で、手を下すことができず、半年も一緒にいるらしい。
半年って、短くない?
そう思ったのだが、いつも最短最速を目指しており、長くても一月で任務を終えるようにしているのだと言っていた。
夏休みの宿題を最終日になってもまだやっているような性格の私とは、合わないと思った。
ご飯の後は、さっそく仕事が待っていた。
寝具を新しいものに替えること。
部屋の掃除をすること。
廊下の掃除をすること。
窓の掃除をすること。
というか、掃除しかすることないって、まじかよ。
せめて使っていない部屋に対しては、週一くらいの頻度でいいんじゃないかと思ったのだが、それは、素人の考えだったようだ。
甘かった。
メイド長なる御方に、こっぴどく叱られた。
御年輩の女性で、この屋敷の生き字引のような方だという。
何人たりとも、この方に逆らってはならぬらしい。
怖いお局様がいたものである。
「窓枠まできちんと掃除なさい」
「隅にホコリが落ちていましたよ。ちゃんと掃除したのですか?」
「廊下に髪の毛が落ちていましたよ」
しかも、やたらお小言がうるさい。
こっちは慣れない仕事を精いっぱいやってるのに。
あんたはやる気を削ぐ名人か。
終いには、殿下に「茶を持ってこい」と言われて、キレるかと思った。
自分は使用人で、女中で、それが当たり前なんだとい言い聞かせて、リノさんにお茶の入れ方を習って、朝のことで気まずく思いながら持っていっても、お礼の一つもない。
ちょっとは期待した自分が馬鹿だった。
そうだよね。
殿下には、それが当たり前なんだもんね。
下々の者など、使い捨ての雑巾ぐらいしか思っていないんだろう。
そうして、一日中掃除とお茶くみに明け暮れた。
殿下の身の回りの世話をするって言ってたよね?
世話って言うか、完璧に雑用ですけど?
リノさん、今まで大変だったんだなぁ。
すこし同情しちゃう。
そんなこんなで、一日は慌しく過ぎて行き、殿下の部屋の片付けをしていたら、夕食の時間を過ぎてしまったようだった。
朝と昼は、みんなと同じものを出してもらったのに、夜、自分に回ってきたのは、かっちかちのパンだった。
人を殴り殺せるんじゃないかってくらい、固いやつ。
フランスパンを更にかっちかちにした感じ。
半分に割ることもままならなず、机に叩きつけてみたが、ごんごんと食べものらしからぬ音を奏でる。
人を殴り殺せそうだ。
その殺人的な硬度を誇るパンを支給されたのは、どうやら私だけらしい。
みんなは、普通にかじったり、ちぎったりして口に運んでいる。
私だって、そっちの柔らかいパンが食べたいです。
「これ、どうやって食べるの?」
「(切ってかじりつけばいい)」
「そもそも、切れるの、これ?」
ナイフの刃の方が、負けてしまいそうだ。
こういうのは、あれだな。
フレンチトーストにでもすれば、食べられるんじゃないのか?
どんなに硬いパンでも、水分与えれば、柔らかくなるはず!
柔らかくなるはず!
大事なことなので、2回言ってみた。
まぁ、そのうちやってみようと思い、スープに浸して柔らかくしながらどうにか食べた。
食べなきゃ死ぬし。
勉強しなくてラッキー、とか思ってたけど、一日中掃除って、案外疲れるもんだなぁ。
次の日。
色々あって、夕食の時間に遅れてしまった。
リノさんって、ここじゃ、新参者らしい。
それなのに、殿下のお世話係に任命されたのが、古株の人たちにしてみたらおもしろくなかったらしい。
いじめとまではいかないけれど、明らかに一人だけ雑用が多い。
それで、遅れてしまった。
もちろん、食堂や厨房に人はおらず、全部片づけられてしまった後だった。
普通は、残り物ぐらいあろうものだが、ゼロ。
代わりに戸棚に、昨日食べたカチカチのパンを見つけた。
まさか、昨日の今日で、実験をすることになるとは思わなかった。
「リノさん。牛の乳とか、鳥の卵とか、砂糖とかありますか?」
「(牛の乳?そんなものをどうするんだ?)」
「飲んだり、料理に使うんですけど」
そう言ったら、目をひんむいて驚かれた。
「(信じられない!あんなものを飲むだと!?どうかしている)」
どうやら、牛乳という文化は無いらしい。
「じゃあ、毎日何飲んでいるんですか?」
「(水だが?)」
さもとうぜんのような顔で答える。
そうだよね。
うん、わかってた。
鉄仮面ちゃんが、こういう子だっていうの、わかってた。
「他の皆様は、普段、どんなものを飲んでいるの?」
「(酒が多い。他には、果実のしぼり汁や、乾燥させた葉っぱを煮出したものだろうか)」
「それに味を付けたり、甘くしたりはしないんですか?」
「(するだろうな)」
「それを具体的に教えてください!」
殿下は、紅茶をストレートで飲むのが定番らしく、さっきは必要ないと教えてもらえなかった。
しかし、異文化交流も、なかなか難しい。
所変われば、食べものが違うことはわかる。
でも、牛の乳やら、ヤギの乳やら、乳製品は全世界共通だと思っていたのに。
自分が思っている常識なんてものは通用しないということが、改めてわかった。
はぁ、しんどい。
食べもの一つとっても、こんなに違うなんて。
つらい。
「で、どれを使うんですか?」
「(これだな)」
渡されたビンに入っていたものをみて、思わず顔をしかめてしまった。
ココナッツミルクみたいなものを想像していたら、見事に裏切られた。
どうして、この世界の食べ物は、キテレツな色をしているんだろう。
その色は、水銀のような銀色の液体だった。
水銀、見たことないけど。
口に入れるどころか、触るのすら躊躇われる感じの物体だ。
妙にとろっとしてるし。
触ったら、指がとけそうで怖い。
「これ、食べられるの?」
「(あぁ。問題ない)」
「ほんとに?」
「(いいから舐めてみろ。話はそれからだ)」
こっちは、何も知らないからって騙そうとしてるんじゃないだろうな?
そんな疑いの眼差しでリノさんの顔を見ると、彼女はいいからはやくしろとジェスチャーで促してくる。
まじですか?
体中の勇気を総動員して、匙ですくって、おそるおそる口に入れてみた。
「ん?ぅんー!」
恐ろしく甘い。
練乳より蜂蜜よりも甘い。
そのくせ、においはなく、ただ甘いだけの液体だった。
なんだこれ。
「あっま!!」
「(あたりまえだ)」
これは、木の実のしぼり汁で、これをを入れて、風味を付けたり、まろやかにしたりするそうだ。
風味とは一体?
ただ甘いだけなんだが?
「(熱を加えると、性質が変わるんだ)」
「はぁ……」
「(やってみた方が早い。ほら、やってみろ)」
リノさんが、あまりにも進めるものだから、私は鍋にそれを移して、火にかけてみることにした。
熱が加わると、さっきまで無臭だったものが、だんだん、甘くていいにおいがしてくる。
色も、銀色から、ほんのりミルク色に変化してきた。
鍋のなかで、くつくつと煮立たせると、もはや、牛乳と見紛う物に変化していた。
「(もういいだろう。なめてみろ)」
「いや、絶対熱いやつですよね、これ。普通にやけどしますからね」
「(冷めたら元に戻るぞ)」
真っ白な湯気をもうもうと上げる液体をなめろとは、これいかに?
スプーンで少しだけすくい、ふうふうと息をかけ、少し冷ましてからおそるおそる口に含む。
「んんっ!」
これは!甘い牛乳だ!
甘さもちょうどいい感じに仕上がっている。
「(うまいだろう?)」
「これですよ!これが欲しかったんです!」
「(そうか。それは良かった)」
リノさんも満足そうだ。
これで、あとは卵さえあれば、フレンチトーストができる!
「(鳥の卵ならあるぞ)」
きれいな薄緑色の小さな卵を指差している。
「これ?」
「(たまごといったら、これしかないのだが?)」
「と、とにかく、割ってみますか」
馴染みのない薄緑色の卵をこんこんと割ってみる。
中には、黄身が3つ入っていた。
「な、なんですと!」
「(これは縁起が良いな。黄身の個数で占いができるんだ)」
一つは普通。
二つは不幸。
三つは幸運。
四つ葉のクローバーみたいだな。
ともかくこれで、フレンチトーストができる!
ナイフを借りて、どうにかこうにかパンを切り分けて、まだ湯気の立つミルクもどきに浸す。
本当は一晩漬けこみたいところだけど、そんな時間も惜しいので、十分に水分を吸ったと思われるタイミングでとき卵に絡めてからフライパンで焼いてみた。
じゅうじゅうという音ともに、想像していたとおりの甘いにおいが漂ってくる。
これだよ、これ!
これこそまさに、フレンチトーストって感じだよ!
嬉しくなって、思わず笑顔になってしまった。
香りに誘われて何事かと見に来た人には、不気味に映ったらしい。
まるで、おばけでも見たような反応をされる。
まぁ、周りなんて気にしてたら、何も始まらないしね。
焼き上がったフレンチトーストもどきに、銀色の液体を少しだけかけた。
木から採れるものらしいし、メープルシロップのかわりのつもりで。
というか、メープルシロップって、カエデの樹液を煮詰めて作るらしいから、これを煮詰めたら似た物ができるんじゃないかと思うんだけど、違うのかな?
そうやって、ようやくできたフレンチトーストもどき。
まぁ、見た目だけなら、問題ない、はず。
きらきらと光っているのは、銀色の液体効果なので、目をつむる。
それ以外なら、お母さんが家で作ってくれるフレンチトーストもどきに見えないこともない。
「(器用なものだな)」
「まぁね。だって、おいしいもの食べたいじゃん?」
褒められて、悪い気はしない。
フォークを刺すと、石パンだったものが、嘘のように柔らかくなっていた。
おいしそうじゃん!
ほこほこと湯気の立つパンを、ふーふーしたあと、口に運ぶ。
「ん~~!!」
じゅわっと甘いミルクの風味が口いっぱいに広がる。
肝心のメープル感はゼロだが、これはこれでおいしい。
こっちに来て、お菓子はまだ食べたことがなかったので、これだけで贅沢だなぁ。なんて思ってしまう。
甘いものって、どうしてこんなにおいしいんだろう。
今日あった出来事でささくれていた心が、潤っていくのを感じる。
また明日からも頑張ろう。
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