第5話 お仕事、がんばります
よくよく考えてみれば、今の私の状況は、明らかにおかしい。
絶対におかしい。
それなのに、なんとなくすんなり受けれている自分がいる。
おかしいと思うのに、なんとなく納得している自分がいる。
おかしい。
絶対におかしい。
でも、心がざわついたりしない。
怒りも疑問もわいてこない。
おかしすぎる。
これって、もしかして、自称神様の、あのうすら笑いの神様に操られているんじゃなかろうか?
そんな気さえしてくる。
何げなく目が覚めて、ぼーっとする頭で身支度を整えて、とことこと歩く。
知らない廊下を歩いて、見慣れない扉の前に立ち、ドアノブに手をかけて、そっと回して部屋の中に入る。
それが日常で、それが当たり前だと言うように。
体が覚えているって、こういうことじゃないと思うんだけど。
まぁいいかと思い、体の赴くままに歩くと、そこは誰かの部屋だったらしい。
ベッドには誰か寝ている。
なぜか起こさなくてはと思い、その人に向かって伸ばした右手を、急いで左手で押さえつけた。
ちょっと待って!
布団から覗く頭の数は二つ。
明らかに、二人いる。
間違いなく、二人だ。
私はゆっくりと回れ右をして、足音をなるべく立てない様に歩き、部屋を出た。
「(何をしている?)」
「うひゃ!」
いきなり声を掛けられてびっくりしてしまい、大きい声が出てしまった。
慌てて、両手で口をふさぐ。
「(何をしている?)」
「事後だったら、どうするんですか!どうして私はあんなことをしようと……」
頭を抱えて、その場に座り込んだ。
なぜ、寝室に忍び込むようなまねをしたのか。
なぜ、起こさなくてはいけないと思ったのか。
というか、完全に無意識だったよ。
どうしちゃったんだろう、私。
「(どうした?大丈夫か?)」
「いえ、あまり」
人様の寝室に許可なくないるなんて、自分が信じられない。
自分の所業に後悔していたら、そういえばと、思い出したことがあった。
リノさん、女中の仕事をしてるって言ってた。
もしかして、これって、リノさんの仕事なの?
「あのぉ、リノさんの仕事はなんですか?」
「(人殺しだ)」
そうじゃなくて!
そういう話が聞きたかったわけじゃないんだ。
「たった今から、私はリノさんの代わりを務めなければいけませんので、仕事内容を詳しく教えていただけませんか?」
「(そうだったな)」
そうして、ようやく彼女の仕事を教えてもらうことができた。
彼女が言うところの女中というのは、対象相手の身の回りの世話をすることだという。
対象相手って、なに?
というか、誰?
「(さっき、ぐーすか寝ていた男だ)」
「あー、やっぱり男性だったんですね」
「(早く起こせ。寝具を洗わねばならんし、布団を干さねば臭くてかなわん)」
「随分、辛辣ですね」
「(実際そうなのだから仕方がない。どんな行為に及んだのかは知らんが、片付けるのは大変なんだ)」
「あーー、やっぱりそういういやつかー」
私は天を仰いだ。
普段、事後の片付けをしているのは、リノさんなんだろう。
しかし、今日からその仕事は私の仕事だ。
体を借りている以上、そういうことになるよね。
そういうことなんだよね。
うわぁ。マジでめんどくさい。というか、触りたくない。
「(早くしろ。先延ばしにしても、やるのはお前だからな)」
「ですよねー」
部屋に入り、とりあえず、カーテンを開け、窓を全開にした。
清々しい風が気持ちいい。
窓の外には、はひろーい庭が見えるばかりで、建物は全く見えなかった。
ここ、どこ?
疑問はとりあえず置いておくことにして、レースのカーテンだけ引き、問題に取り掛かることにした。
リノさんは、さっきからベッドの脇に立ち、早くしろと訴えてくる。
よく見ると、あちらこちらに脱ぎ捨てられた衣服が見えたので、拾って端に積んでおいた。
「(こいつだ。早く起こせ)」
「はいはい」
はー、と、静かに深呼吸をして、そっと叩いてみる。
「(それで起こしているつもりか?思いっきり揺らせ。叩け。声を出せ)」
リノさん、スパルタだなぁ。なんて思いながら、言われたとおりにしてみた。
さっきよりも力を込めて体を揺らしてみる。
「おはようございまーす。起きてください。起きる時間ですよー」
もぞり、と布団から顔を出したのは、金髪のイケメンだった。
はい?
思わず固まってしまう。
どちら様ですか?
彼は、私の顔を一瞥した後、めんどくさそうな顔で、上体を起こす。
めくり上がった布団の下から現れたのは、黒髪の立派な体格の青年だった。
てっきり女性だとばかり思っていたので、おもわずぽかんとしてしまった。
どういう状況?
「おい、起きろ」
金髪は黒髪を起こそうとしているのだが、黒髪のほうは甘えて起きようとしない。
思わず、目頭を押さえた。
なんなの、これ?
どこのBLかな?
眩しすぎて、朝から直視できないんですけど。
「(早く追い出せ。さっさと洗い場に持っていかないと、うるさいからな)」
リノさんの言葉に、はっとした。
そうだ、そうだった。
「早く起きてください」
二人にそう声を掛けると、彼らはのそのそとベッドから起きてきた。
「ちょ、ちょっと!服着てください!!」
そこまで想像しなかった自分が恨めしい。
上半身裸の時点で、なんで警戒しておかなかったんだ、自分!
床から服を拾い上げ、二人に投げつけた。
「信じられない!なんなの、もう!」
極力、二人のほうを見ない様に、寝具をベッドから引きはがした。
リノさんの指示で、布団のカバーも外して、落ちていたタオルも拾って、一緒にくるくると丸めて、いそいそと部屋を出ようとした時だった。
「……お前、大丈夫か?」
「え?」
心配しているような口調で声を掛けられたものだから、思わず、振り返って、また後悔した。
「なんで服着てないんですか!」
まともに見てしまった。
あんな、あんな、あんな……。
バタバタと外に出て、バタンと大きな音を立てて扉を閉めると、馬鹿みたいみ大きな笑い声が聞こえてくる。
「(あれくらいで驚いていたら、心臓が持たんぞ)」
「も、もしかして、あれが普通なんですか?」
「(あぁ、いつもだ)」
「し、信じられない……」
変態なの?
露出狂かなんかなの?
全裸で恥ずかしくないの?
というか、男同志ですか?
……まぁ、それに関しては、個人の自由ですから、別にいいんだけど。
しかし、まぁ、なんというか、二人とも素晴らしくイケメンだった。
うん。朝からいいもの見たなー。
リノさんは、私の反応がわからないという感じで、不思議そうな顔で空をぷかぷかと浮いていた。
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