第4話 おなかがすいては



本日はこのままお休みくださいと言われて、部屋にこもっていたが、やることもなく、時間を持て余していた。

それに、なんだかおなかも減ってきた。


「今、何時くらいですかね?」

「(……)」


返事はなかった。

この状況で独り言もないと思うんですけど。会話しようよ。

そういえば、さっきからちょいちょい無視されるのは何なんでしょうね、ほんと!

怒りを通り越して、呆れてしまう。

窓はあるが、明かり取り用なのだろう。

高い場所にあって届かないため、外の景色は見えない。

真っ暗闇だから、夜なんだろうということまではわかる。

というか、ここって部屋というより、まるで牢屋だ。

天井には、照明器具のようなものがある。

光るブドウのように連なったものが、壁や天井にぶら下がっている。

なんだあれ?


「あの、リノさん。あれってなんですか?」

「(明かりを得るための道具だ。空気の浄化も行ってくれる)」

「へぇー。便利ですねぇ」


空気清浄機能付きの照明器具か。便利だな。

電球や蛍光灯の類は見えないのに、それ自体が光っている。

壁にスイッチの類を探すことができなかった。

どうやって消すの?

きょろきょろと眺めていたら、リノさんから視線を感じる。


「な、なんでしょうか?」

「(お前の生きていた場所に、明かりを得るものは存在していないのか?)」

「えっ?」

「(さぞ不便だったろうな)」


彼女は、真面目に心配しはじめた。


「や、やだなぁ。ちゃんとありましたよ」

「(本当に?)」

「本当です。電気とか、ろうそくとか、色々ありますけど」

「(ふぅん)」


しかも、やたらと疑り深い。

わけわからん性格の人だなぁ。


「リノさん。おなかすきました」

「(そうか)」


リノさんの返事はそっけなかった。

おなかすいたんだけど?


「喉も渇きました」

「(だからどうした?)」


やっぱり、冷たい返事しか返ってこない。

あぁ、そうか。

私はおなかがすいたといっただけで、自分の状況を説明したにすぎない。

食べものが欲しいといったわけではなかったなぁ。

よし、と、気合いを入れて言い直す。


「リノさん。ご飯が食べたいです。どこに行けば食べられますか?」

「(あぁ、そうか。食べるものがほしいのか)」


そう言って、リノさんは、壁を抜けて部屋を出て行ってしまった。

え?ちょっと待って。

ついて来いとも、待っていろとも、声をかけられなかったんですけど。

どっち?どっちなの?

悩んでいたら、壁から、リノさんの頭がにょきっと生える。


「(ついてこい)」

「普通に案内してくれませんか?私、壁抜けできないんですけど」

「(面倒な奴だな)」


どっちがだー!!

ほんと、リノさん、マイペース過ぎて死ねる。

今度は、ちゃんとドアから出てくれて、ぐうぐうと空腹を訴えてくるおなかを抱えて、私は、リノさんの案内の元、廊下を歩く。

どこまで行くんだろう?

厨房?食堂?

おなかがすいて、死にそうだ。


今、私はリノさんの体を借りている。

リノさんの現在の職業は、女中だ。

女中たるもの、挨拶は必須だろうと、すれ違う人があれば、会釈をしていた。

誰に対しても愛想良く、などと教えられてはいないが、そうしたほうがいいだろうと、頭を下げていたのだが。

すれ違う人全員から、なぜか注視される。

まるで、信じられない者でも見るかのような目で、こちらを見てくる。

何か変な態度をとっただろうかと心配になったが、私の態度そのもの全部がダメだったようだ。

同じような服を着た女性に、人気のないところに引っ張って連れていかれた。


「鉄仮面のくせに、色気出してるんじゃないわよ」

「倒れた時、頭ぶっておかしくなったんじゃないの?」

「気に入られてるからって、いい子ぶってんじゃないわよ。気持ち悪い」


ぽかんとしてしまった。

え?わたし、もしかして、いじめられてる?

ふわふわと浮かぶ能面のような彼女は、あいかわらず無表情だ。

なにを考えているかわからない。


「す、すみませんでした」


いじめられたことなんてなかったから、とりあえず謝っておけばいいかと謝ったのがまずかったらしい。


「気持ち悪いのよ!」

「ほんとに変な物でも食べたんじゃないの?」

「いい加減、死ねば?」

「鉄仮面のくせに生意気なのよ!」


最近の小学生でも、もっとひどいこと言うと思う。

彼女たちの中では最高ランクと思われる罵詈雑言では、いまいち傷つくことができずにもやもやしてしまった。

しかし、さっきから腑に落ちない言葉がひとつあった。


「あの……。鉄仮面って、もしかして私のことですか?」


何気なく聞いてみたら、彼女たちは大いに笑いだした。


「今まで気づいてなかったとか馬鹿すぎ」

「鉄仮面は鉄仮面でしょ。まさか知らなかったの?」


彼女たちにつられて、思わず噴き出してしまった。


「あはははは!てつかめん!確かに鉄仮面だわ!ふひひ!ちょっと!最高じゃない!あっははは!」


不気味だったんだろう。

笑い転げる私を置いて、彼女たちはどこかへ行ってしまった。


「リノさん、鉄仮面とか呼ばれてるの?」

「(何か問題が?)」

「最っ高」


思わず、親指を立てた。

思い出すだけで笑える。

能面より、鉄仮面の方がぴったりかも。


「でも、これで、なんでみんなの反応がおかしいのかわかりました」

「(問題があるのか?)」

「大ありですよ!私、無表情とか無理ですから。すぐ顔に出るってよく言われるし」

「(そうか。それは大変だな)」

「他人事!めっちゃ他人事!」

「(なぜそんなに騒ぐ必要がある?)」

「あるでしょ!今まで鉄仮面だったのに、いきなり笑顔でこんにちわされてみなさいよ!挙動不審で処刑物だと思うんだけど」


そこまで言って、ようやく鉄仮面も理解したらしい。


「(わかった。戻ろう。私たちは、話し合う必要があるようだ)」

「待って、おなかすいたんだけど。ご飯は?」

「(そんなもの食べずとも死なん)」

「死ぬ。無理。おなかすいた!」


ダダをこねる子どものように、空腹だと訴えた。


「(わかったから、私の顔でわめくな。目立つだろう)」

「鉄仮面の時点で、目立ってると思うけど」


そうして、やっと連れてきてもらったのは、厨房だった。

待って。ここって、お城かなんかなの?

ものすっごく広いし、お鍋とかも大きいのがたくさんあるんですけど。

それなのに、だれもいないって、おかしくないですか?


「(時間外だからな。食べ物は自分で調達しろ)」

「調達ったって。ここにあるものは、自由に使ってもいいの?」

「(あぁ。問題ない)」


いやいや。

問題ないったって、これは。

調理されたものは一切ない。

見たことのない野菜が置いてあるだけだ。

冷蔵庫のようなものもあるらしく、魚や肉のかたまりなんかも入っている。

なんだこれ?


「あの、すぐに食べられるものとかは?」

「(もうないな)」

「あ、そうですか。リノさんは、毎日どんなものを食べていたんですか?」

「(適当だ)」

「適当とは?」

「(食事の時間は決まっている。時間内に来なかったお前が悪い)」


うわぁ。

めちゃくちゃ他人事なんですけど。

そういう一番大事なとこ、どうして教えてくれなかったんですかねぇ。

自分の体のことでしょう?


「わかりました。鍋とかは使ってもいいんですか?」

「(あぁ。自由に使えと言われている)」

「そうですかー」


言われているということは、今までしたことはないということか。

食材は、見慣れたものもあれば、見たことのないものもある。


「これは、じゃがいも?」

「(ポムだ。火を通せば食べられる)」


他にも、ニンジンやたまねぎに似た食べものを見つけた。

そのどれもが、中の色がスカイブルーだったり、パープルだったりする。

まぁ、やってみないと始まらないと思い、見た目はじゃがいものポムという食べものを、試しに半分に切ってみた。

中は、派手なピンク色だった。

想像と違う。

思ってたのと違う。


「これ、ほんとに食べられるの?」

「(あぁ。うまいぞ)」


どう見ても、おいしそうに見えない。

どうしよう。


「調理方とかわかりますか?」

「(皮をむいて、火を通せ。話はそれからだ)」


それから、どういう食べ方をするものかいちいち聞いて、適当に切って鍋に入れて、煮込めばいいだろうと思いついた。

ついでに、肉を少しだけもらい、薄切りにして放り込んだ。

簡単なスープができるまでの間、ここには誰も来なかった。

なんで?

ここって、厨房だよね?

どれだけ時間外なんだろ?

というか、今は何時だ?


「今、何時くらいかわかりますか?」

「(そんなに時間が気になるのか?)」

「そりゃあ、気になりますね」

「(スカートの右ポケットに時計が入っているから、自分で確認しろ)」


言われたとおり、スカートの右ポケットには、懐中時計が入っていた。

蓋を開けると、文字盤が出てくる。

この辺は変わりないみたいで助かる。


「あれ?」


問題はそこからだった。


「いま、何時?」


数字が読めない。

時計の針の進みが逆だ。

そして、周りを囲う文字を数えると、13個あった。


「読めない」


鉄仮面に訴えると、彼女は、やれやれと言ったように、呆れてみせた。

いやいやいや。

私もここでつまづくとは思わなったわ。


「(お前は字も読めんのか。可哀相に)」

「つくづく失礼な人ですね。こっちの文字を知らないだけで、読み書き計算は普通にできるわ!受験突破した高校生なめんな!」


彼女のことは、もう怖くなかった。

お化けじゃないし、何より、彼女は、面倒見がいい。

気安く話しかけても、怒らない。

その表情のせいで、ぶっきらぼうに見えるかもしれないけれど、聞けば教えてくれるし、本当はいい人なのかもしれない。


そんなことをしていると、野菜が煮えたらしい。

だんだん、いいにおいがしてくる。

試しにフォークで野菜を刺してみると、ほろりと崩れた。

いい感じだ。


「で、できた。見た目がカラフルすぎて、ぜんぜん食欲がわかないけど」


カラフルな、本当にカラフルなスープが完成した。

自分で作っておいてなんだが、ものすごく体に悪そう。

どうしよう。

めちゃくちゃまずそうだ。

しかし、いいにおいがするので、たぶんおいしいはず。

味見をするのを忘れたが、間違いなく食べられる部類に入ると思う。


「いただきます」


試しに、一口スープをすすってみた。

まぁ、悪くはない。

味は正直、微妙だが、空腹は最高の調味料だというし。

おなかがめちゃくちゃ空いていたので、もりもり食べた。


「はー、ごちそうさまでした」


欲を言えば、ご飯が欲しい。パンでもいい。

しかし、無いものは仕方ない。

綺麗に片づけて、部屋に戻る。

明日は、普通に過ごせますように。

そう思いながら、帰路についた。



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